第7話 速いけど、性格は最悪なんです


「エフワンっっっっっっ!」

 ぼくはびっくりしてマシンを止めた。ゴーグルを外し、管理人さんを振り返る。


 が、管理人さんはマシンが止まったのにゴーグルをとらず、口元をニヤッとゆがめ、腕組みして仁王立ちしている。


「そうだ、F1だ。抹羽秀といえば、当時は有名だったんだ。ま、結果を出す前に事故で亡くなったけどな」


「自動車の事故で死んだって聞いているんですけれど……」

「間違いじゃないな。ただしレース中じゃなくて、タイムトライアル中だ」

「へえ」


 タイムトライアルなんかで、死ぬことないのに。

 そんな感想しか出て来なかった。


「秀もデンドーみたいに、レース前は自信なさそうにしてたな、いつも。でも、そのくせ、いざスタートすると別人みたいにかっ飛んでくんだ。バカっぱやだったよ」


「そうなんですか」

 ぼくはなんか嬉しくなった。


「だからさ」管理人さんは肩をすくめた。「もう一度見てみたいんだ。あいつの、いや、あいつみたいな走りを」


 そんなこと言われても。

 そう思うけど、死んだお父さんに似ているっていわれた、ぼくは悪い気はしない。そうか、似てるんだとちょっと嬉しくなる。


「というわけでさ、狙うだろ? 優勝」


「えー、でも、ぼくのエリーゼはコーナリング・マシンで、直線が遅いから」


「直線が速いマシンが必ず勝つわけじゃない。だから、レースは面白い。俺は、レースが見たいんだ。どうだ、挑戦してみないか?」


「うん、でも……。このエリーゼで勝てますかね?」


「やってみなきゃ分からない。が、ハイパワー・マシンと互角に戦う戦法なら、いくらでもある」


「えっ!? それ本当ですか?」

 ぼくは飛び上がった。


「もちろんだ。だからレースは面白い。どうだ、デンドー。乗るか?」


「乗ります、乗ります。都大会優勝。狙います!」


「よーし、そう来なくっちゃ」

 管理人さんが、バッとゴーグルを取ると、その表情は不敵な笑顔だった。

「よし、じゃあ、明日からコーナリングの練習もメニューに入れよう」


「はいっ!」

 ぼくはまた、先生にするより元気よく返事した。






「えっ!? 前回の全国大会優勝者って、小学生の女の子なの?」

 管理人さんの叫び声が、早朝の海賊公園に響いた。


「そうなんですよ」

 なんか不機嫌そうにカメ先輩が口をとがらせる。

「『電光』雪花せっかって呼ばれてる、生意気な女の子で」


「へー」


 スマホをスワイプさせながら、管理人さんが画面に見入っている。たぶん雪花の情報を閲覧しているんだろう。


「へー、可愛い子じゃないか」


「でも、性格は最悪ですよ」

 サトシくんが横から口を出する。


 たしかに性格は最悪だ。


 管理人さんはスマホの画面に見入っている。おそらく去年の大会の動画を視聴しているのだろう。


 ぼくらはその朝、つぎの都大会に向けての特訓をしようと、みんなで海賊公園にあつまっていた。


 ぼくと、友達の中嶋サトシくん。中学生のカメ先輩。そして、管理人さん。なんか凄いメンバーのチームがいつの間にか出来上がっている。


 ぼくとサトシくんはツールボックス持参。カメ先輩は自前の工具持参。そして、全員がVRゴーグルを首から下げている。


「あ、そうだ」

 ぼくはスマホを取り出して、画面を操作した。

「前回のサギ高レースのときの映像があるんで、見ますか?」


 ぼくは一度、『電光』雪花とバトルしている。それが春に行われた鷺森高校文化祭で毎年開催される「サギ高レース」というミニ四輪のレース大会だ。


 あのとき、二百台のマシンの最後尾からスタートした雪花は、ぼくを含めた全車をぶち抜いて見事優勝していた。あのとき、ぼくのゴーグルの映像が保存してあるのだ。


「おお、是非見せてくれ」


 管理人さんにたのまれて、ぼくはあのときの映像を再生する。みんなで同時に見るために、VRゴーグルに投影することにした。


「すみません、データが大きくなるんで、ぼく視点の動画なんです。だから、頭まわしても視界は動きませんから」


 と、動画スタート。


 サギ高レースのときの、ぼくのエリーゼのコクピット視点で、映像が再生される。


 最初に雪花に追い抜かれるシーン。


 管理人さんが「うへー」と声を上げ、カメ先輩がぽつりと「やっぱ上手い」とつぶやく。


 そして、彼女の必殺技「多角形コーナリング」。魔法のような旋回。


「うわっ、上手いなぁ」

 さすがの管理人さんも感心する。

「この子、バッカじゃないの? これだけ走れるなら、いまいきなりプロのレースに出ても通用するぞ」


「マジっすか」

 カメ先輩があきれた声を上げる。


「にしても、金色のランボルギーニ・アヴェンタドールかぁ。すごい趣味だなぁ」


 管理人さんの感想に、サトシくんが解説をする。

「電光アヴェンタって呼ばれる特製ボディーなんです。本来アヴェンタドールはミッドシップ・モーターなんですが、雪花のアヴェンタはフロント・モーターの4WDなんですよ。やっぱシャシーは四駆が速いんですかね?」


「ん? 四駆?」

 管理人さんが変な声をあげた。

「これ、四駆か?」


「ええ、アヴェンタドールは四駆ですから」


「んん? これ、FFじゃないのか? 旋回でFF独特のタックインってテクを使ってるし、挙動もFF独特のものだぞ」


「FFですか?」

 カメ先輩が意外そうな声をあげ、そして、はっと息を飲んだ。

「……そうか、そういうことか!」


 え? なにがそういうことなの? そして、FFって、何?




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