第6話 決着! サギ高レース

1 ミス・サギ高コンテスト


「見ての通り、ミスコンだよ」あきれた声が返ってくる。「サギ高の生徒で、いちばん可愛い娘を決めるんだ。ちなみに男子も出場できる。で、これは『ミニ四輪投票』。各ドライバーが可愛いと思った子の下のゲートをくぐって先に進む。それがなんと、1台3票の権利をもつ。おい、チャンスだ。なんでもいいから、いちばん近いゲートをくぐって、先に行け。あの『電光』雪花を抜き返すには、もうここしかないぞ」

「はい!」


 チャンスだった。ぼくは構わずフルスロットルでステージに向かい、上に立つ女の子なんか見もしないで、いちばん近いゲートをめざした。が、……。

 ぼくの行く手で雪花は止まっていた。

 金色のアヴェンタドールを一旦停車させ、ステージまえの女の子がよく見える距離で、一番右からゆっくりと左へ移動していた。

 ──選んでいる。

 ぼくは息をのんだ。


 雪花は、女の子を選んでいる。このレースの勝敗がかかった場面で、自分がいちばん可愛いと思う女の子に投票しようとしているのだ。

 ぼくは自分が恥ずかしくなった。

 たしかに雪花を抜き返すには、ここしかないかもしれない。でも、彼女はここでだれに投票するかじっくり選んでいるのに、ぼくはそんなこと全くしないで、とにかく一番近いゲートから抜けて先に進もうとしている。攻略法としては、それは正しいのかもしれないけど……。


 この『ミスコン』に出場している女の人たちにとって、このミニ四輪1台3票の投票は大きいのではないだろうか? この『ミスコン』の出場者も、このレースに出ているぼくたちと同じように、必死に戦っているのではないのか?

 ぼくはトリガーをゆるめ、目線をステージの上へ飛ばした。


 女の子を全く選ばないでここを抜ければ、それはぼくが『電光』雪花に対しての完全なる敗北を認めることになる。べつにじっくり選ぶ必要はない。ちょっとでも美人だと思える人のゲートをくぐればいい。

 ぼくは前方のステージのうえに並ぶお姉さんたちを右から左へざっと見回して、その一番端っこ、左端に立つお姉さんに気づいた。


 その人はぼくの方を見て、両手の指を握り合わせ、一心になにか祈っていた。自分への1票を祈っているのか、あるいはぼくの勝利を祈ってくれているのか? それはぼくには分からない。でも、ぼくは自分が持つ3票をあの人にいれることに決めた。ぼくのマシンを「可愛い」といってくれた、あの大仏のコスプレをしたお姉さんに!


 ぼくはトリガーをめいっぱい引いて、大仏お姉さんのゲートへ一直線に向かう。気づいたお姉さんが両手を高くあげて、力いっぱい振ってくる。ぼくも、もちろんお姉さんには見えないが、それでも右手をあげて大きく振り返す。その手が、となりで手を振っていたカメ先輩の指に当たる。

「痛ってえ」

 爪があたってカメ先輩が文句をいっているが、無視。

「なあ、デンドー、あっちの短いスカートのお姉さんの下を走ってみない?」とカメ先輩が悪ぶって提案してくる。いま大仏おねえさんに手を振っていたのを知られて恥ずかしいにちがいない。

 が、ぼくはまたもや無視。なぜなら、ぼくのエリーゼの隣りをムラサキ色のマシンが追い越そうとしてるからだ。

「くっそー、速いよ」

 オロチが大型モーターと六輪パワーでぼくを抜かして行く。


 ぼくはフルスロットルでゲートに飛び込むが、すでにオロチⅥはふたつ隣のゲートに飛び込んだあと。あっという間に舞台下の暗いゾーンを駆け抜け、目が焼けるように明るい屋外へ。そこはラストステージ。


 ぼくたちが飛び出していった瞬間、あたりから大地が揺れるような歓声が沸き上がる。

 ラストステージは、周囲に観客席が設けられ、遠くにはレースの模様を中継している大型スクリーンがある。ぼくたち自身が立つ場所も見えた。

 まるでワールドカップの決勝スタジアムに飛び出したような錯覚をおこす。そしてゴールラインへとつづくコースは……。


「最終ステージのスネーク・ドミノ・ゾーンだ」カメ先輩が解説してくれる。

 直線がすこしあって、半円を描くコーナーで切り返し、ふたたび直線がすこしあって、再び半円。この、ヘアピンというほどでもない大きな半円部分で折り返して、くねくねとゴールまで続くコース。ここがラストステージ。このスネーク・ゾーンの向こうは、白と黒でチェックに塗られたゲートが見えていて、そこがゴールだった。

 そしてこのスネーク・ゾーンは、辺り一面黒い林のような景色になっている。周囲がびっしりと地面に立てられたドミノで覆われているのだ。



『さあ、「ミス・サギ高コンテスト」への投票を終えたマシンが、とうとうここ、最終ステージ、サギ高校庭、「超ドミノ・ゾーン」へ飛び込んできた。先頭はわがサギ高「ミニ四輪同好会」のオロチⅥ、続いてゼッケン33番のロータス・エリーゼ。そのあとには金色のアヴェンタドール、「電光」雪花が続いている。先頭のオロチⅥがスタートセンサーを作動させ、いまドミノスタート。サギ高「ドミノ研究会」60人が昨晩から並べた総数120000個のドミノがいま、倒れ始めた! が、オロチが速い! これは倒れるドミノより速いペース。後続の2台は、果たして追いつくことができるのか!』



 コースは短い直線から、円を描くコーナーへと続く。

 コーナーは、陸上競技のトラックみたいな綺麗な半円。

 スピードがかなり乗る。路面は白いプラ板。タイヤの喰いつきがいい。ぼくは、前を行くオロチを追って全開でコーナーに飛び込んだ。遠心力でサスが縮む。車体が傾き、荷重が外側の2輪にかかるが、タイヤは滑らない。


 ぼくはコーナーでよたよたと車体を揺らしているオロチに、あっという間に追いつき、アウト側からぶち抜いた。ムラサキの6輪マシンは、このコーナーでは全然おそかった。


「タイヤと路面の摩擦が強いから、6輪が干渉してるな」カメ先輩が興奮した声をあげる。「セッティングが悪いんだ。各タイヤの役目を理解できてない。が、これはチャンスだぞ、デンドー。この定常円旋回みたいなコーナーはMRの独壇場だ。雪花のアヴェンタも4WDだから、旋回に苦労するはず。このままいっきにゴールまで駆け抜けろ!」


 ぼくはギアをトップのまま、コーナーを旋回した。エリーゼをめいっぱい加速させて、タイヤがずるずると滑り出すような高速でコーナーを駆け抜ける。

 余裕ができてくると、左右のコース際を流れるように倒れてゆく黒いドミノの波を見ることができる。まるで海原を走るクルーザーが蹴立てる波のように、ドミノは軽快に倒れて、いろんな仕掛けを作動させていた。


 ぼくらの左右で、くす玉が割れ、クラッカーが破裂して紙吹雪を噴き上げる。ミニチュアの観覧車が回りだし、ロケット花火が打ち上げられた。

 ぼくはオロチを引き離してコーナー脱出。短い直線に全開で飛び出す。

 後方でオロチが下品にお尻を振りながら、猛然と加速しているのがバックミラーに映る。、ぐいぐいと速度をあげて、あっという間に追いついてくる。

「速いよ、速すぎる」


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