第4話 練習のための練習


 ブレーキが発売される前のミニ四輪は、タイヤとモーターがギアで直結していた。これはRCカーと同じで、モーターの回転が止まれば、ミニ四輪も止まる仕組みだった。


 ところが、この仕組みだと問題があったらしい。

 ぼくにはよく分からないんだけれど、カメ先輩の話によると、旋回しているときのマシンの後輪は、内側と外側で走る距離が違う。

 だのに、タイヤが同じように回転すれば左右で差が出て、スピンしやすくなるらしい。


 たしかに、高速で長いカーブを走っているときに、急にスピンすることが何度かあった。


 それを防ぐためには、四輪全てにワンウェイ・ギアというパーツをつければいいらしい。


 そのワンウェイ・ギアというのは、一方向へだけ自由に回転するギアで、自転車の後輪なんかにも組み込まれている。


 そういえば、子供用の自転車なんかは、ペダルを止めるとタイヤも止まるっけ。


 ただ、このワンウェイ・ギアを入れると、モーターを止めてもミニ四輪は走りづけてしまう。大人用の自転車と同じだ。

 だから、別個にブレーキをつける必要が出てくるのだ。


 それで発売されたのが、ディクス・ブレーキ・セットで、今回の公式大会から使用が許可される。


 同時に、5速ミッションも発売され、ディスク・ブレーキと同じように、今回の大会から使用が許可された。


 新しいパーツが発売されたので、大会に出るドライバーはみんな、この新パーツを装備した。ぼくも伊勢谷くんも、サトシくんだって自分のマシンに付けたんだ。


 ところが、この二つの新パーツは、コントロールとセッティングが難しかった。


 とくにブレーキの設定が難しく、カメ先輩ですら苦戦していた。


 そのせいもあって、ぼくはエリーゼをうまく扱えなくなっていたのだ。ブレーキのせいで、速く走れなくなってしまっていた。


 もっともそれは、他のドライバーたちも同じで、前回の豊島区大会では、ぼくのエリーゼはトップスピードが低いせいで、かえって有利に戦えた。

 でも、結局、同じクラスの伊勢谷くんにはラストの直線で負けてしまったのだけれど。



「じゃあさぁ、ブレーキのセッティングを一番弱い1にしようや」

 翌朝ぼくが海賊公園に行くと、どうみても待ち構えていた管理人さんが寄ってきて話しかけてきた。


「え? 1? それじゃあ止まらないよ」

「いいから、やってみろよ」

「うん……」


 ぼくはベンチの上にツールボックスを広げると、エリーゼのボディーを外して、ミニドライバーで、ディスク・ブレーキについている小さいネジをかちっかちっと回して1の位置に合わせた。


 ディスク・ブレーキ・システムは、タイヤの裏側についているから、凄く小さいんだけれど、それでもコードを繋げると電磁石の作用で正確に作動する。


「これ、すごい技術だよな。こんなマイクロ・サイズのブレーキ、普通は作れないぞ。さすがはタニヤとGASE社だ」


 管理人さんはしきりに、そこに感心している。

「うん……」


 ぼくは曖昧に返事して、マシンを地面に置く。ゴーグルを顔にかけて、いざスタート。

 直線で加速し、コーナーへ。いつもよりスピードを抑え、そこからのブーレーキング。……止まらなかった。


「わ、わ、わ、ちょっ!」

 ぼくの愛車ロータス・エリーゼは、ブレーキ・トリガーを目いっぱい引いたのに、全然止まらずコーナーに突っ込んでいく。


 くっ! 心の中で呻いてステアリング・ホイールを切り、旋回。でも、あきらかにオーバースピード。そのまま大きく外にふくらんで、コースアウトしてしまった。


 コンクリートのコースの上から、細かい砂利の地面に落ちてそのままスピン。


 ミニ四輪はタイヤにサスペンションが装備されていて、それがまた高性能だから、多少の砂利道も走れるし、ちょっとやそっとの落下ではびくともしない。

 でも、コースアウトは悔しい。こんなの初めてだ。


 気を取り直し、コースに復帰。

 今度はとりあえず、ゆっくり走ってブレーキの調子を確認しながら、おっかなびっくりコーナーへ進入。


 なんとかクリアして、遅っい速度でそのまま走行。

「おー、いい調子だな」

 後ろから管理人さんの声が降ってくる。


「ときに、デンドー。都大会っていつなの?」

「夏休みに入った最初の土曜日です」

「おお、一ヶ月もないな。じゃあ、この特訓。一週間な。一週間この設定で走り込み」

「えー、一週間も?」

「そうだ。で、来週になったらブレーキの設定を4にして、そこから本格的にブレーキの練習だな」

「え? そこから練習? じゃあ、これは?」

「練習のために、練習だ」


 管理人さんは、あははははと楽しそうに笑った。


 じつは、ちょうどそのころ、ミニ四輪東京大会の会場が発表されていたらしい。

 ぼくはそのことを学校に行ってから知ることになる。

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