第3話 ブレーキが下手
そのあと、お母さんは仕事に行っちゃったんだけど、ぼくは酔っ払いだと思ったら実は新しい管理人さんだったおじさんに、ミニ四輪をちょっとだけ貸してあげることにした。
壊したら弁償ということで。
「任せとけって」
うれしそうにぼくからホイラーとゴーグルを受け取ったおじさんに、ぼくは操作方法を教えてあげる。
そして、おじさんは自信満々でスタート。サイクリング・コースの上で、ぼくのミニ四輪が、ずばっと走り、止まった。
「うへー、速いなー」
そんなことを言いつつ、おじさんは再スタート。いまのずばっと走ったのでトリガーの感覚をつかんだらしい。ゆっくり走り出す。のろのろ走って、くねくね曲がる。あんまり速くない。
が、ちょっとしたら慣れたのか、すーっと走り出した。
結構じょうずだった。レースするにはスピードが足らないだろうけど、綺麗に走って、コーナーですうっと曲がった。綺麗なブレーキングからの綺麗な旋回。
カメ先輩が「へー」と感心し、ぼくも「うーむ」と唸る。下手なんだけど、初めてにしては上手。
慣れてきたおじさんは、こんどは直線でスピードを出すと、コーナー手前でブレーキをかけ、安全な速度まで確実に減速してコーナーをクリア。そこから加速。
ぼくはびっくりした。
いっけん大した走りではないのだけれど、すごい滑らかだった。ブレーキをかけても安定している。ぼくかブレーキをかけたときは、ぼくのエリーゼはガタガタと揺れて、ふらついていたのに。
「最近のおもちゃは、スゲーな」
コースを二周くらいして、おじさんはホイラーとゴーグルをぼくに返してくれた。
「まるで実車に乗っているみたいだ。でも、これなら、実車とちがって、クラッシュしても大怪我しないし、いいかもな」
「あの……」
ぼくは思い切っておじさんにきいてみた。
「ブレーキなんですが、ぼくがコーナーの手前で減速するとエリーゼが不安定になっちゃってうまく曲がれないんですが」
「ああ、あれか」管理人のおじさんは、にやっと笑った。「デンドーくんだっけ? いつも見て思ってたんだけど、きみ、ブレーキングが下手だね」
「えーっ!」
ぼくは叫んだ。下手なんて言われたの、初めてだったから。
「ブレーキはさ、強く懸けるとタイヤがロックしてマシンがコントロールできなくなるんだ。とくに、ミニ四輪は実車とちがって荒れた路面を走る。右と左で路面の状態がちがうこともある。そんなところで強くブレーキを踏むと、車体は回る。一度回りだしたら、復旧はできないぞ。四駆だろうがMRだろうが、いちど滑っちまったらタイヤなんて意味をなさないからな」
「じゃあ……」
「ブレーキは強くかけたら車は止まらない。やさしく掛けろ」
「でも、レースみたいに速いスピードから急減速するときは……」
「どうすると思う?」
「うーん……」
管理人のおじさんは悩むぼくをみて、にやりと笑った。
「答えがわかったら、来な。あとこれ、ブレーキの強さってセッティングできるの?」
「できますよ」
横からカメ先輩がクールな調子で割り込んできた。
「十段階で設定できます。あまり強すぎるとスピンするんで、このマシンは十段階の八に設定してあります」
「強すぎるな。四にしろよ」
「えーっ!」今度はカメ先輩が叫んだ。
「このブレーキ・システム。すげーよく出来てるぞ。トリガーを引く強さで、効きが変わるし、効き自体もいい。だが、それが設定に生かされていない。おそらくこの車重のマシンなら、もっと効きを弱くした方がいい。マシンを減速せるのは、ブレーキじゃないんだ。結局タイヤなんだよ。ブレーキが強すぎてタイヤが滑っちまったら意味がない。もっと効きを弱くして、あとはドライバーのやさしいタッチでブレーキングする。ブレーキは強く掛けたら無意味になる。タイヤが滑り出す限界ぎりぎりが一番効くんだ」
でも、長い直線のあと、スピードの乗った状態からの急減速みたいな場面ではどうするのだろう? 急ブレーキを掛けないと止まらない状況では……。
ぼくは素直に疑問に思った。
「……そうか、分かった!」
ぼくはぱちんと指を鳴らした。
「急減速が必要な場面では、すっこぐ手前からブレーキを掛ければいいんだ」
ぼくの答えに管理人のおじさんは、ニヤーっと笑った。
「おっ、デンドーくん、よく気づいたな。マシンの走行は物理学だ。気合で車は速く走ったり、すぐ止まったりしない。まずは、ブレーキの設定を弱くして、つぎは強く掛け過ぎない練習だな」
「はい」
なんか学校の先生になにか言われたときよりもきちんと、ぼくは管理人のおじさんに元気よく返事していた。
「そりゃそーと、おまえら。学校はいいの?」
「ギャー!」
「やっべ」
ぼくはもちろん、腕時計をみたカメ先輩まであわてて走り出した。
「遅刻すんなよー」
無責任に手を振る管理人さんに手を振り返しながら、ぼくとカメ先輩は走った。
ぼくは遅刻したけど、カメ先輩は間に合ったらしい。なんでだろ?
そして、翌日からぼくは、管理人さんにドライビング・テクニックを教わることになった。
といっても、ぼくから頼んだわけではないんだけれど。
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