4 ボディーを組み立てて、びっくりさせてやる


 おじさんからホイラーを受け取ったぼくはうなずき、教えられたボタンを押して電源を入れた。赤いランプがつき、ディスプレイが表示を開始する。そして、ダイナモの上のシャシーが、まるで命を与えられたかのように、ぶるっと震えた。

「うおっ、動いた!」

 ぼくが思わず叫ぶと、となりで中嶋くんが笑う。

「あたりまえだよ。動かなかったら不良品じゃん!」


 ぼくはにやりと笑いながら、ホイラーのステアリングをいじってみた。ステアリングの動きに正確に反応して、シャシーの前輪が左右に動く。早く動かせば早く、ゆっくり動かせはゆっくりと、ぼくの指の動きに正確にしたがって、同じ速度で、動かした分たげ動く。

 感動した。まるで生きているみたいだった。しかも、これは、ぼくが組み立てたシャシーなのだ。

 ああ、これはぼくのマシンなんだな、と胸が熱くなった。


「トリガーを引くときは、タイヤを真っ直ぐにして」

 ぼくのシャシーの周囲に、ほかの奴らも集まってきた。みんなして、横からシャシーの様子を覗き見ている。ホイラーのステアリングから指を離すと、タイヤの向きも真ん中にもどって、まっすぐ向く。


 おじさんに言われて、ホイラーの調整のために、一度ステアリングを一番右に回し、つぎに一番左に回した。

 これでホイラーが、マシンの前輪がどこまで曲り、どこが中央か覚えるらしい。なんかすごいメカだと感心した。


 おじさんに言われたとおり、一度前輪を真っ直ぐにしてから、今度はトリガーをゆっくり引いてみる。

 一瞬動かなかった後輪が、とつぜん弾かれたように回転を開始した。

 トリガーを大きく引けば、激しく動き、もどせばゆっくり動く。

 モーターがふぃーんという唸りを上げ、ギアがしゃーっと鳴っている。凄いスピードで後輪が回転しているが、ころころ回るパーツの上に乗っているので、シャシーはその場から動かない。


 ぼくはトリガーを引いたり戻したりしながら、シャシーの後輪の動きを確認する。

 そのあと、親指のミニ・レバーでギアの変速動作を確認した。


 通常のギアは、ローとハイ、そしてトップがある。他にギア操作ではないが、トリガーをゼロ位置より前に入れると、モーターが逆回転し、ミニ四輪はバックする。

 ホイラーのスイッチ操作で、かちりとギア・ボックスが音を立て、プラスチックの歯車が組み変わる。トリガーを引いてタイヤの回転速度ががくんと変化するのを、ぼくは確認した。


 本物の自動車みたいだった。

「いい感じだね。レスポンスもいい。これなら問題なさそうだ。はやいところカウルを仕上げて走らせてみたいだろ?」

「はい!」

 ぼくは大きな声で叫んでいた。




 カウルというのは、ボディーのことである。中嶋くんに言わせると、おじさんはボディーのことをカウルと言ったり、ホイラーのことをプロポといったりするらしい。気にすんな、と言われた。


 ボディーを仕上げる前に、時間がお昼になったので、ぼくらはいったん帰ることにした。ミニ四輪とそのパーツや工具はお店に置いていってはいけないルールになっているので、ぼくはマシンとホイラーを箱にもどし、ふたつの箱を重ねて家まで持って帰ることにした。


 早くおこづかいでツールボックスを買いたいもんだ。

 あれがあれば、マシンも工具も予備パーツも、全部いっぺんに入れて持ち歩くことが出来る。専用バンドを買えば、ボックスのうえにホイラーを固定して持ち歩けるらしい。まあ、専用バンドはあとでもいいけど。

 お母さんは日曜日も仕事で、朝からいない。お昼ご飯は用意してあるから、温めて食べる。バンビ模型への集合は1時半だから、それまでのあいだに、ボディーを出来るだけ組み立てて、中嶋くんを驚かせてやろうと考えていた。



 その前に、お昼ご飯だ。

 お母さんがテーブルの上にのっけていってくれたお昼を食べることにする。

 きょうはスパゲティ。茹でた麺とミートソースがそれぞれラップをかけてテーブルに並べられている。お母さんとしては、これをレンジで温めて食べろということみたいなのだが、ぼくはミートソースだけレンジでチンして、スパゲティは電気ポットで沸かしたお湯を上からかけて温めた方がおいしいことに最近気づいた。


 キッチンにある網にスパゲティを入れて、その上から沸騰したお湯をゆっくりかける。

 ただし、この技はおなじスパゲティでも、ペペロンチーノやカルボナーラでは使えない。よって、ぼくはいつもスパゲティならミートソースにしてくれとお母さんに頼んでいた。ミートソースは大好きだし。


 とかなんとかやっているうちに、レンジがピーヒョロ音楽を奏でて、ミートソースが温まる。よくお母さんはなにかというと、「レンジでチンする」というのだが、チンがどうして温めるという意味なのかぼくには理解できない。一度お母さんに訊いたら、なんとお母さんも知らなかった。スペイン語じゃないかしら?と言っていた。


 最近はミートソースを温めるのも慣れてきて、麺とソースの出来上がるタイミングをぴったり合わせることができる。

 戸棚から出してきたフォークとスプーンをならべて、ぼくははふはふ言いながら、スパゲティをくるくるして食べはじめた。


 物知りの中嶋くんがいうには、イタリア人はこんな食べ方しないらしいのだが、ぼくはこの、スプーンとフォークを合わせてスパゲティを巻き取る食べ方が、なんか洋食風でおしゃれで好きだ。なのでやめる気はない。


 が、中嶋くんからさらに教えられた「スパゲティ・ナポリタンは、本当は日本料理なんだぜー」という衝撃の事実には、心底驚かされた。そんなことあるのかと、百科事典で調べたら、本当にナポリタンが日本で作られた料理であると書かれてて、二度びっくりした。

 それはそうと……。


 ぼくは口を動かしながら、きのうのことを思い出していた。

 バンビ模型で、ミニ四輪を買って帰り、玄関を入ったところで迎えに出たお母さんにぼくはその場で土下座したのだ。

 そして、腹に力をいれて叫んだ。


「お願いします! プロポも買ってください!」

 お母さんは最初びっくりして、プロポって何か聞いてきた。


 ぼくはそれがないとミニ四輪を操縦できないんです!と土下座したまま説明した。

 まあ、本当はスマフォのアプリだけでも動かすことはできるのだが、少なくともそれでは、公園でレースしたりは無理である。あの『電光』雪花のように、高速でコースを駆け抜けることなんて、夢のまた夢なのだ。


 てっきり怒られるかと思った。

 だけど、お母さんは急に笑い出した。


 驚いてぼくが顔をあげると、お母さんは手で口をおさえ、肩をふるわせて笑っていた。

「デンドー、あなた、ほんとお父さんそっくりね。お父さんもよくそうやって土下座してたのよ。それに、若い頃はレースしててね。すっごい速くて、格好いい走りをしてたのよ。ほんと、格好よかったんだから」

 そう言うお母さんは、いままで見たことないない顔で目尻を下げ、嬉しそうに笑った。

「そのプロポっていうの、いくらするの?」

 ぼくはおそるおそる値段を口にする。

「いいわ、買ってあげるわ」


 といってくれたのだが、敵もさるもの。がっちりクリスマス・プレゼントとお年玉無しの条件を出してきた。でもぼくは、ぐうの音も出せずに受け入れる。

 だってもう、ミニ四輪買っちゃったもん。これをこのまま走らせられないなんて、あり得ないもん。


 ぼくは、スパゲティを、もうフォークとスプーンでくるくるなんてしないで、そのまま皿のふちから口にかきこむと、もぐもぐしながら食器を流しの桶につけてテレビの前のテーブルに走った。

 そして、そこに置いてある箱からミニ四輪のボディーを出して、さっそく組み立てを開始した。



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