第20話 塗ったものが勝敗を決めることもある
下り。
そこからは再び濡れた路面。左右にうねる高速コーナー。
ぼくは安全を期して、軽いドリフト状態を維持し、コーナーを攻める。路面はまた濡れている。
軽量MRのエリーゼにとって、このステージは有利な条件がそろっている。順位をあげるために攻めるならここしかない。
水しぶきを蹴立て、水煙の立ち込める視界の悪いコーナーを攻める攻める。
たちまちのうちに、前を走る10台ほどの先行集団に追いついた。
何台ものマシンがひしめきあって、コーナーでの激しい攻防を繰り返している。
抜きつ抜かれつ。接触とラインのつぶしあい。この中をすり抜けていくのは無理だ。だけど、こいつらをパスしていかないと、順位は上げられない。
つぎの高速コーナー。インはマシンがひしめいているので、アウトから攻めようとするが、アウト側のラインもマシンにふさがれている。
どうする?
ぼくはじれた。ラインがない!
いや、でも手がないわけではない。最後尾の奴から、確実に抜いて行こう。ひとつひとつ位置をあげていけば、いずれは先頭に立つことが出来る。
ぼくはアウトから、前を走るポルシェ・カレラの横に並び、そのままハーフドリフトを維持して前に出る。
敵はブロックする動きを見せたが、濡れた路面の旋回中、下手なチャージは自滅を招く。
ここでの接触はあきらめ、つぎのストレートでの勝負に出ようとする。
が、直線の立ち上がり。こちらの方が速い。
アウトへ振りながら、多角形コーナリングばりに車体の向きを変えたぼくは、速めに加速体勢になっていたからだ。
コーナーからの立ち上がり。その立ち上がりを重視したコーナリング。ポルシェ・カレラの前に出る。
が、そこは他車がひしめくゾーン。前後左右にライバルたちの車が密着するように車体を震わせている。
つぎのコーナー。
ゆるい左。高速コーナー。
各車が、ポンピング・ブレーキで車体を揺らしながら減速に入る。
だが、ぼくは減速に入る集団の中でひとり、前に出る。アクセル・トリガーをくいっくいっと戻してエンジン・ブレーキを断続的に利かせながら、旋回に入る。
走っていて気づいたのだが、アクセルをもどすエンジン・ブレーキをかけた瞬間、マシンの旋回能力が高まるのだ。
ブレーキをかけることにより、荷重がフロントにかかるため、前輪の摩擦力があがって旋回能力が一時的にあがるみたい。
これは使える。
ぼくはエンブレ&旋回で、集団内での順位をあげながら、ぐいぐいとインについてゆく。
いける。集団の真ん中あたりまで食い込み、ストレートを立ち上がる。
短いストレート。すぐに迫る左の直角コーナー。だが、それは突然襲い掛かってきた。
ぱっと視界が遮られたのだ。いきなり前が見えない!
ぎょっとなったが、それは一瞬のこと。すぐにフロントガラスにびっしり張りついた無数の水滴が、風のちからで水の玉となって左右に流れて行く。
霧吹きの水だ。
これは『スプラッシュ・キャニオン』の演出にちがいない。
そして、その霧吹きの水をフロントガラスに浴びたマシンがいっせいに減速に入る。あたりまえだ。行く手には直角コーナーが迫っているのだから。
視界をうばわれた状態でコーナー突入は不可能。
だが、ぼくはちがう!
管理人さんが試合開始前、エリーゼのフロントガラス塗ってくれた液体ワイパー。
それのおかげで、水滴に曇った視界がいっしゅんのうちに晴れている。
いまがチャンス。ここで行くしかない!
超スピードでシフトダウン、がっとブレーキをかけて、急減速。
エンジン・ブレーキがかかり、フロント荷重で前のめりに減速するエリーゼが、前輪をロックさせてフロントが流れる。
スピンのスに合わせてブレーキリリース。ステアリングを切る。なめらかに、一定のストロークで。
アウトに寄れなかったので、多少妥協したライン。だが、そこから綺麗な半円を描いてエリーゼが旋回に入る。タイヤのグリップは失われていない。
周囲でバタつく他車を優雅にかわし、ぼくは直角コーナーに突入。自分でも会心のコーナリングでクリアした。
ちらりとバックミラーを確認すると、多重衝突と減速の失敗による激突で後方は大混乱。
だが、ぼく一人、きれいに立ち上がると、フルスロットル……。
「えっ!?」
ぼくはぎょっとして思わずブレーキを掛けそうになる。
「な」
なんと、行く手に道がなかったのだ。
だが、壁があるわけではない。
道が消え、その前方には天井が見える。下りなのだ。道が下っている。しかも、猛烈な角度で。
「うっひょー」管理人さんが奇声を発する。「いよいよラスト・ドロップだな!」
そうだ。『スプラッシュ・キャニオン』のラストに待ち受ける、強烈なドロップ。そこにとうとうコースが到達したのだ。
「行けっ、デンドー!」
カメ先輩も興奮した声をあげる。
「デンドーくん、がんばって」
サトシくんも応援してくれた。
ぼくはアクセル・トリガーをめいっぱい引いた。フルスロットル。
ラスト・ドロップは全開で落ちるというのが、ぼくらチームの最初からの作戦だった。
この、急峻な下りでは、ブレーキは、掛けた瞬間いっぱつスピン。
もう重力に任せて全開で下っていく以外ない、というのが管理人さんとカメ先輩の共通した意見だった。
とはいえ。
「うわっ」
ぼくは悲鳴をあげて、まるで崖の淵みたいに切り立った下り坂に飛び込んだ。
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