第二部 都大会編
第1話 酔っ払いのおじさん
ミニ四輪。それは24分の1スケールの実車ボディーにハイパワー・モーターを装備したマシン。
四輪独立のサスペンションと変速可能なギアボックス。
ネットを介したWi-Fiプロポによるコントロールは、ラジオコントロールのような混線もなければ、距離の制限もない。
内蔵されたVRカメラから送信される映像をゴーグルに投影させ、プレイヤーはまるで、そのマシンに乗り込んだかのようにミニ四輪をコントロールすることができるのだ。
模型メーカーのタニヤとゲーム・メーカーのGASE社の共同開発。
この最新式のオモチャ『ミニ四輪』に、あのころのガキどもはみんな夢中だった。
「行っけー!」
ぼくの愛車、黄色いロータス・エリーゼが最終コーナーを立ち上がり、最後の直線に入る。
『来たー! 最終コーナーを立ち上がり、いまトップに立つのは、ゼッケン7番、
東部デパート全館に響くアナウンス。緊迫した声での実況。
ここは東部デパートの最上階。
催事場と屋上をつなげて特設された第3回ミニ四輪全国大会の豊島区予選会場。
その特設コースだ。
催事場を飛び出してアクリル板のコースを疾走した各車が屋上のコースを攻略し、いまゴールである催事場へ戻ってきたところ。
あと20メートルでゴール!
「行けっ、デンドー」
ぼくのすぐ隣でカメ先輩が叫んでいる。
ミニ四輪は実車の24分の1スケール。手のひらサイズ。VRゴーグルに送信される映像はだから、地上5センチからのもの。
目の前に広がる直線の白いコース。その両脇に立つ大勢の観客たちは、まるで巨人のように見える。
大興奮の小っちゃい子たちと、驚きに目をみはる大人たち。その視線の中を、スケール・スピード300キロオーバーで駆け抜ける。
「!」
が、ぼくはゴール手前でサイドミラーに映るシルバーのボディーに気づいた。しかもすぐそばにいる。この影はA80スープラ。伊勢谷くんだ。
「くっそ」
ぼくは歯を食いしばるが、直線では彼のスープラの方が速い。でも、これはレース。道を譲る気はない。
横に進路をずらしたぼくのエリーゼを、あざやかにかわして大型モーターのパワーを見せつけるように横に並んでくる伊勢谷くんのスープラ。
ぐいぐい加速して横に並ぶ伊勢谷くんと、めいっぱいトリガーを引いてフルスロットルで全開走行するぼくのエリーゼがゴール直前で横並び。そして……。
『ゴォォォォォォルゥーーー!』
実況の声が全館に響き渡る。
『ゼッケン7番と3番がほぼ同時にゴールインっ! さあ、勝ったのはどっちだぁ? 勝敗はアプリ判定に持ち越されたぞ。……よーし、結果が出たようだ。さぁて、東京都大会、豊島区地区予選の優勝者は……』
そのおじさんが海賊公園のベンチに毎朝座るようになったのは、梅雨が明けて7月になったくらいだったと思う。
ぼくはそのころ、今月末から始まる全国大会に向けて、毎朝早く起きて、学校に行く前に海賊公園でミニ四輪の特訓に励んでいた。
朝起きて、ツールボックスとホイラーとVRゴーグルをもって向かいの海賊公園に行くと、そのときすでにおじさんは公園のベンチに座って、ぷかーとタバコを吸っているのだ。
髪はもじゃもじゃ。顔には無精ひげ。よれよれのスウェットにサンダル履き。
どう見ても酔っ払いのおじさんだ。ぼくは絡まれたら嫌だから、いつもおじさんから遠く離れた場所でツールボックスをあけて、ミニ四輪を取り出していた。
電源を入れて、スマホのアプリを起動させ、VRゴーグルを被る。
海賊公園にあるサイクリング・コースは、ぼくにとってのホームコースだ。
サイクリング・コースといってもただの舗装された細い道で、大人が自転車で走るには狭すぎる。せいぜいちっちゃい子供が三輪車で走るくらいのコースで、朝のこの時間とか、夕方の遅い時間ならだれもいない。
だからぼくはいつもここで、ミニ四輪を走らせているのだ。
コースは一周200メートルくらい。コーナーは直角、途中にS字シケインがある程度の単純な物。
ぼくはいつものように、ミニ四輪をコース上に置くと、スマホのアプリを起動し、
ホイラーはラジコン用のものとほぼおなじ。逆L字型に、トリガーとステアリング・ホイールがついている。ラジコンとちがうところは、変速機を操作するスイッチがついているところ。
ぼくは頭にVRゴーグルをかぶると、ミニ四輪のコックピットに内蔵されているカメラと接続する。これによって、ぼくの視点はミニ四輪の運転席に移る。
さあ、始めよう。ミニ四輪のスタートだ。
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