4 いい女は、ミニ四輪と同じ、……だそうです


 サギ高レースが終わると、ゴール付近に集まっていたお客さんは大挙してミスコンの会場へ移動しはじめた。もうすぐミスコンの優勝者の発表がはじまるらしい。

 レースの方の表彰式は、一時間後に行われると放送があった。1位が香田雪花、2位がサギ高ミニ四輪同好会の伝法寺タケル、3位は伊勢谷くんだった。

 で、ぼくは失格。


 ちなみにサトシくんは、98位。最初の順位の55位よりかなり落ちているが、当日参加には速い人が大勢いるから、これは大健闘らしい。


 係の人が回収してくれたぼくのロータス・エリーゼを受け取り、ぼくはカメ先輩とサトシくんのもとにもどった。

「んじゃ、おれら行きつけの、『もふもふニャンニャン』にでも戻るか」

 カメ先輩の提案に従って、ぼくらは人込みの中をだらだらと歩く。

「おい、デンドー」

 ふいに声をかけられた。


 振り返ると、伊勢谷くんがいて、となりにたつ佐世保くんを「おい」とつついている。

 ちょっとバツがわるそうな顔をした佐世保くんがまえにでてきて、ぼくに頭をさげた。

「ごめん、デンドー。すまなかった。ついつい、突き飛ばしちゃって。おれ、てっきりお前が伊勢谷の邪魔して追い抜いたと勘違いしたから……。あとで伊勢谷から聞いたら、ぜんぜん卑怯な抜き方じゃないって言われて。ごめんな、デンドー」

「え、ああ」ぼくはびっくりして、きょろきょろしてしまった。「いや、もういいよ。それに、どっちにしろ、失格したし」

 ぼくは笑ってしまった。

 つられて佐世保くんも笑う。

 横から伊勢谷くんが前に出てきて、ぼくに右手を差し出した。

「デンドー、いい走りだった。つぎは地区大会で戦おう。今度は負けないぜ」

 今度は負けないということは、今回は自分の負けだと宣言しているみたいだった。ぼくはまた笑ってしまった。

「いや、今回は失格したし」

 伊勢谷くんはなにもいわずに、ぼくがおずおずと差し出した右手をぎゅっと握った。


 なんだろう、この、お互い全力をつくして戦い合った者同士にしか伝わらない熱い気持ちは。

 ぼくは、なにか胸にグッとくるものを感じて息をつまらせた。

 そのあとぼくは、横にいた高槻くんとも握手して別れた。サトシくんもみんなと握手していた。

 カメ先輩はすこし離れてだまって見ていた。


 伊勢谷くんたちと別れ、歩き出したぼくは、今度はふいに襟首をつかまれて、後ろに引っ張られた。あやうく転びそうになって振り返る。

「ちょっと、デンドー! まちなさいよ!」

「わっ」

 『電光』雪花だった。

「わっ、じゃないわよ! 失礼ね。女性の顔見て驚くもんじゃないわ」

「あの、なんでしょう。雪花……さん」

 上の名前を忘れてしまった。デンコウさんではないはずなのだが……。


「デンドー、あんたね、ふざけるのもいい加減にしてよ。なによ、あのバッテリー切れで失格って! あたし、そんなの聞いたことないわ。あんな失格の仕方じゃあ、まるであたしがあんたに負けたみたいな感じじゃない。あたし絶対、あのあと、ゴール前であんたのことぶち抜いていたんだからね。あんな勝ち逃げみたいなやり方絶対に許さないわ。いい? 絶対に地区大会に出るのよ。逃げたら、あたし、あんたのこと絶対許さないから。もう一生絶交だからね!」


 言うだけ言うと、雪花はぷいと背中を見せて、どすどすと足音たかく去って行った。

 うしろでカメ先輩が、ふんっと鼻息を吐いてつぶやく。

「一生絶交だとさ」

「走りもすごいけど」サトシくんが感心する。「性格もすごいね」

 ぼくはぶっと吹き出してしまった。

「たしかにすごい性格だけど、……走りはもっとすごかったよ」


 ぼくらはまた歩き出し、校庭のすみをまわって校舎をめざす。

「で、デンドー。初めてのレースはどうだったよ?」

 ふいにカメ先輩がきいてくる。

「うん」ぼくは即答した。「失格したけど、最高だった。これもカメ先輩がマシンをセッティングしてくれたおかげです。ぼく一人の力じゃあ、全然あんなに走れなかったですよ」

「ふん、おれの力なんて大したことないさ。とはいえ、今回は運やコースに助けられたな。でもあれ、優勝でもよかったんじゃねえ? そもそもおまえがバッテリー替え忘れてなければさ」

「いやまあ、そうなんですけど、いーじゃないですか! 最高に楽しかったんですから。それは先輩もいっしょでしょ」

 カメ先輩は無言だった。が、顔は見たことないくらい嬉しそうににやけていた。


 やがてミスコンの会場が見え、ステージのうえで目を真っ赤にして泣いている女の子を、ぼくらは歩きながら遠目に眺めた。あの人が優勝者らしい。今年のミス・サギ高。

 頭にきらきら光るティアラをのせ、おっきな花束を胸に抱えていた。


「あの人が優勝したんですね」ぼくは率直な感想をのべた。「ちょっと意外。そんなに美人じゃないと思うんですけど」

「ははははは、デンドー、おまえ、女を見る目がないねぇ」偉そうに言うのはカメ先輩。「美人かどうかなんて、所詮目鼻立ちが整っているかどうかだろ? 女性の魅力は外見だけじゃ決して語れない。ミニ四輪と一緒だぜ。やっぱいい女は、どれだけ魅力的な表情を内側に隠しもってるかが重要なのさ。そこにいくと、彼女の笑顔は最高だったなぁ」


「同感です」サトシくんが同意する。「ほんとうにあの笑顔は最高でしたよね。おもわず列に並んじゃったし、あの列に並んでたみんなも、きっとおんなじ気持ちだったんじゃないかな?」


「ふうん、そんなもんかなぁ?」ぼくは首をかしげた。

「おまえ、もしかして、見てなかった?」カメ先輩がからかうように言う。「おまえが、ゲートに入ったときの、彼女の笑顔」

「すみません、レースに集中していたんで」

 ぼくは口をとがせらせて、ステージ上のミス・サギ高のお姉さんを見る。

 しかし、いまだにわからない。


 あのお姉さん、なぜ、なんで、大仏のコスプレをしているのだろうか?





                         第一部 完

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