3 対決! 『電光』雪花!


 ぼくはふたたびノーブレーキでつぎの左コーナーへ。

 前を走る雪花は、こんどは多角形コーナリングを使わず、インベタの通常旋回。


 ──ナメた走り、してなんなよ、このイタリア車がっ!

 ぼくはその雪花のケツに迫り、エリーゼのフロントでアヴェンタのテールを突く。

 雪花がキレたように加速して、ぼくから離れるが、そのリアタイヤは不安定にラインを揺らせている。


 ──これ以上はいけないな。

 次の右。コーナーはあとふたつ。雪花は必ず多角形コーナリングでぼくを叩き潰しにくるはず。

 ぼくはコーナーを立ち上がり、インベタにつく雪花の外側1台分のラインにエリーゼをのせて最大加速。

 旋回速度の高さを利して、つぎの直線で横に並ぶ。右、左と入れ替わる連続コーナーでは、手前のコーナーでアウトだったのなら、つぎのコーナーではインとアウトは入れ替わるから、さっきまでアウトだったぼくのラインは次はインになる。もう雪花には多角形コーナリングしかない。


 迫る右コーナー。

 雪花がアウト側、ぼくがイン。雪花が直線的に飛び出して、多角形コーナリングの体勢。が、ぼくはその雪花のアヴェンタの斜め前に位置取りしたまま、おなじく直進。


 2度も見せてもらった多角形コーナリングのライン。どこで急旋回するかは分かっている。ぼくはまっすぐそのラインの1台分内側を走って、雪花のラインを潰す。そこから急減速、急旋回、半分スピンしながら、エリーゼを立ち上がらせる。

 後方で雪花が多角形コーナリングを中途半端に成功させて車体の向きを変えているが、その走行ラインの延長線上にはぼくがいて、まっすぐ加速できない。彼女は弧を描き、ラインを変えて加速しようとするが、その行く手をぼくが邪魔して抑え込む。

 雪花は前に出られない!

 このコーナーで、ぼくが前!


 実況がなにか大声で叫んでいるが、ぼくには聞いている余裕がない。ミラーで雪花の位置を確認しつつ、一直線に加速。つぎの左、最後のコーナーを目指す。が……。


「デンドー!」カメ先輩の声と同時に、ぼくは目線の中の赤い点滅に気づいた。

 視界上方で、斜めに線のはいった電池の形のアイコンが点滅している。

「デンドー、おまえ、バッテリーはちゃんと交換したのか?」

「ああっ!」

 ぼくは叫んだ。


 そうだ。軽量の小型バッテリーを車検のときに入れていて、そのあと通常サイズのバッテリーに交換しなければならなかったのだ。でも、ぼくはそれを、忘れた!


 いつもの通常バッテリーなら、赤い点滅が来てからも、結構走る。が、これはカメ先輩のお古のバッテリーで、容量も半分のミニバッテリー。いつ電源が切れてもおかしくない。

 ──たのむ。あとすこしだけ、コーナーひとつだけ持ってくれー!

 ぼくは心の中で祈りながら、最終の左コーナーに飛び込む。


 雪花がアウトに飛び出す。多角形コーナリングのライン。

 だがぼくは邪魔しに行かない。彼女のこと、なにか対策をねってきている。おんなじ手は2度も通用しないはず。

 案の定。

 雪花はコーナーの奥までいかずに、かなり手前で急旋回を行った。おそらくぼくがついて行けば、コーナーのずうっと奥で旋回したはず。それをついて来ないから、手前で旋回に切りかえ、浅い角度からの直線加速で、ぼくの外側のラインをショートカットでまっすぐ駆け抜けるつもりらしい。


 まずい、抜かれる。そう思った瞬間、ぼくの指は勝手に動いていた。

 スロットルを全開にさせると、ギアをあげて、さらにエリーゼを加速させる。ずるずるいっていた四輪がすべて滑って、ぼくのエリーゼは遠心力に耐え切れず、外側にラインを膨らませた。


 カメ先輩がさいごにやってくれたセッティング。

 アクセル・オンでアンダーステアがでる仕様。ぼくはこのとき、思わずそれを利用して、エリーゼをアウトに膨らませながら、雪花の行く手を阻むラインに乗せていた。タイヤは完全に滑っているが、それでもコントロールできている。横にあまり流さず、前にドリフトさせるラインだ!

 そこから、ちょんとステアを外に切って、体勢を立て直すと、ぼくのエリーゼは、雪花の『電光』アヴェンタの前でゴールへ向けた最後の直線を加速しはじめた。

 ぼくが前!


 前方に白と黒のチェッカーフラッグを持った制服姿の高校生が、城門を守る巨神のように立っている。

 この短い直線で、雪花がぼくを抜くのはいくらなんでも難しい。ちらりとミラーを確認し、少し遅れている雪花が追いつけずにいることを確認したぼくは、目を前方にもどし、そして真っ赤に光っているバッテリーアイコンを確認した。

 ぷつん、とすべてが闇に包まれた。

 え?

 一瞬自分がどこにいるのか、分からなくなった。

 あたりは真っ暗闇で、でも周囲を満たす湧き上がるような歓声と興奮は相変わらずで、ぼくはいったい何が起こったのか分からず、しばし茫然と立ち尽くしてしまった。



『ゴォォォォ―――――ル! 優勝は『電光』雪花こと、香田雪花さん! ゼッケン222ぃ! 金色のアヴェンタドールぅ! なんと最後尾から221台をぶち抜いての優勝だァ! そして2位はわがサギ高「ミニ四輪同好会」のオロチⅥ・Evaバージョン。つづいてすこし遅れてのゴールインは、白のトヨタ・スープラ! このマシンも速かった。そして、続いては……』



 ぼくはVRゴーグルを顔からもぎとった。

 顔じゅう汗だらけで、ゴーグルを外すと冷やっとする。

 大きく息をついて、隣のカメ先輩を見上げる。


 おなじくゴーグルを外したばっかのカメ先輩は、ちょっと顔をしかめると、「ふっ」と息を吐いて、「残念だったな」とひとこと。

 ぼくの最初の言葉は、

「あの、ぼくのエリーゼは?」

「だいじょうぶだ。運営のひとが、コースから取り出して保管してくれているよ」

 そう言われても心配になって、ぼくはゴールがある方向を背伸びして見てみた。

「まだレース中だから、動けないぞ。無事だと信じてあとで取りに行こう」

 カメ先輩に言われて、ぼくはうなずき、しずかに待つことにした。

「デンドーくん、どうした?」

 ゴーグルをかけたままサトシくんが声をかけてくる。手元のホイラーを細かく操作しているので、まだレース中だ。少なくとも、ぼくみたいにリタイアはしていないみたい。

「バッテリー切れで、失格」

 ぼくは残念さが出ないように、極力かるく言った。

「マシン、無事?」

「無事だと思うけど、まだ見に行けない。そっちは?」

「いまミスコン」

「まだそこ?」

「いやいま、大混乱でマシンが入り乱れちゃって、一番可愛いおねえさんのところに行列してるんだけど……」

「なにやってんだよ、みんな。出場車のみんな」

 ぼくは笑ってしまった。



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