5 もふもふニャンニャン


 ぼくたちは『メイド喫茶 もふもふニャンニャン』と看板の出ている教室に入った。


 開けっ放しの入り口から、のれんをくぐって入ると、中にいた巫女さん姿のお姉さんが、「おかえなりさいませニャン、ご主人様」と声を掛けてくれた。「こちらの席へどうぞ」

 奥のテーブルへ案内される。


 奥から別のお姉さんが出て来た。

 赤いミニスカートに太腿まであるストッキングの、背の高いスレンダーなお姉さんである。

 お水を3つ持ってきたくれた。

 ミニスカートのお姉さんはスタイルがよくて、脚も綺麗。ぼくはちょっと緊張して自分のまえにお水を置いてもらった。


 赤いスカートのお姉さんが去ると、カメ先輩が「いいねえ」と鼻の下をのばしている。

「あのニーソをつっている紐は、ガーターベルトっていうんだ。まさに、大人の女って感じだな」

 とわけわからないことを囁いてくるが、ぼくとサトシくんは分かったような顔してうなずいておいた。


「いらっしゃいませー」

 ちょっとすると大仏のコスプレをしたお姉さんがメニューを持ってきた。なぜ大仏?と思い、ぼくは慌てて店内を見回す。もふもふとかニャンニャンとかいう表の看板はいったい何だったんだろう?と首を傾げていると、大仏お姉さんが、

「あ、お客さんたち、ミニ四輪のレースに出る人たちですか?」とメニューを開いてテーブルの上に並べてくれる。「当店は。ミニ四輪持参のお客様は半額サービスですよ。レースに出ないご主人様も、ミニ四輪持参で半額です」

「え」

 ぼくとサトシくんは慌ててツールボックスの中からミニ四輪を取り出してテーブルの上に並べた。そんなルールがあるとは知らなかったのだ。


「わっ、可愛い! これなんて車?」

 ぼくがイエローのエリーゼをテーブルの上に置くと、大仏お姉さんが反応して小さく拍手した。

「あ、これは……ロータス・エリーゼです」

 ぼくは少し照れて説明する。

「小っちゃくて可愛いね。こんな車もあるんだ」


 大仏お姉さんは目を輝かせて、ぼくの方を見るから、ちょって顔が熱くなってしまう。

「MRのSシャシーなんです。いまはもう売ってない小さいシャシーなんですよ」

「うちの弟も持ってるけど、もっと大きいよ。でなんか、前が長いの」

 お姉さんはふふふと笑う。吐息がぼくの前髪を揺らす。


「MシャシーやLシャシーはもっと大きいです。あときっと、それ、フロント・モーターですよ。本物の自動車みたいに、モーターが前にあるんです。その方がコントロールしやすいって、最近言われてて……」

「じゃあ、これはコントロールしにくいの?」

「ああ、ぼくのは……」つい首をすくめてしまう。「ミッド・モーターといって、一番重いパーツであるモーターがマシンの真ん中にあるから、全体のバランスはいいんですが、スピンしやすいみたいです」


 正直フロント・モーターのミニ四輪なんて、操縦したことないから比べようがないのだが、よくそう言われている。事実ぼくは海賊公園ではよくマシンをスピンさせた。最近は少ないけど……。

「じゃあ、君は難しい車で挑戦するんだね。なんかカッコいいね!」

「いやあ」

 ぼくは恥ずかしくなって、どうしていいかわからず頭をかく。


「後輪駆動なんですよ」ふいにカメ先輩が話に入ってきた。「モーターが前にあるか真ん中にあるかの違いはあるけど、どっちも後輪を回して加速します。なので、タイヤが滑っているときにアクセルを開くとスピンしやすい。が、その場合、フロント・モーターの方が重心がまえにあるから、反応が鈍くて対応がしやすい」

 言いながら、カメ先輩はカバンの中から、ボロっちい『ピークスバイター』を出した。

 ハンマーヘッドな形状のボディーは紺色に塗装され、白いクモの巣模様が斬新なデザインだ。が……。


 ええっ!

 ぼくは目を剥いた。それ、ミニ四輪じゃない。ミニ四輪よりずっと安くて簡単に組み立てられるミニ……。

「うわぁ、きみのミニ四輪はド派手なデザインだね」

 大仏お姉さんは、まったく気づいていない。


「ぼくはレースには出ないんですが、サギ高祭はミニ四輪を持って行くと、いろいろサービスを受けられると知っています。なので、こうしてミニ四輪を持参したんです。あ、去年はレースにも出たんですよ」

 だったら、そのときのミニ四輪をもってこいよ!とぼくは心の中で叫び、困った顔で前を見ると、サトシくんと目が合い、彼が大げさなジェスチャーで肩をすくめて両手のひらを上に向けたのが、すごく面白くて大笑いしてしまった。



 ぼくたちはお姉さんにジュースを3つお願いする。

 大仏お姉さんは去り際に、思いだしたようにこう付け加えた。

「あ、レースのときは、ここもコースになるんですよ」

「え?」

 ぼくはびっくりして顔を上げ、「ほら、あこそ」とお姉さんが指さすあたりの床をみた。

 白いテープでラインが描かれている。


「あとで、あの白い線にそって、あっちに積んであるレンガを置いてコースにするの。試合の模様は、あっちの大型プロジェクターであちこちのWEBカメラからの映像を映すし、ここのコーナーは生でバトルを見られますから、ここの席について操縦するのもありですよ。あたしは野暮用でここにいいないんですけど、他にかわいい子がいっぱいいるから、あたしがいなくても関係ないですよね。よろしかったら、どうぞいらっしゃいませ」

 大仏お姉さんはにっこり笑って去って行ったが、ぼくはその笑顔をちらりと見ただけで、すぐに床の白い線に目を戻した。


 白い線は、ぐにゃりと褶曲したアマゾン河みたいな形になっていた。形状が複雑で、山道みたいな複合コーナー。しかもレース中はレンガを置くらしい!

 レンガというと小さいものに思えるが、ミニ四輪の視点からは、巨大な壁になる。しかも、視界をさえぎって、コーナーの奥がどうなっているか運転席からでは分からない。さらに、相手がレンガでは、操作を誤って激突すると、マシンがぶっ壊れる可能性も高い。


「コーナーの形状、よく覚えとけよ」カメ先輩がぼくの方を見て、にやりと笑った。

 ぼくは、はっとなった。カメ先輩は、これを知っていて、ここに入ったのだ。

 不敵にこちらをみて片眉を吊り上げているカメ先輩が、とつぜんがばっと入り口の方を振り返った。

 客引きを終えて店内にもどってきたミニスカートにガーターベルトのお姉さんをガン見している。正確には、お姉さんの太腿を。


 ぼくはため息をついて、視線をコースにもどした。

 頭の中で、どこをどう走るかを計算し、一生懸命記憶する。

 後ろの入り口から入ってきて、きつい右コーナー。そこから今度は逆へのゆるい左。コースは大きなS字を描いてこの教室を縦断している。最初がきつく、つぎがゆるい。

 コース幅はあるが、ここを通過する時、いったい何台のマシンが横に並んでいることになるのか?

 考えれば考えるほど、ぼくは緊張してきていた。

「おかえなりさいませニャン、ご主人様」

 入り口の方で声がして、巫女さんのコスプレをしたお姉さんが新しいお客さんを中に招き入れる。

「こちらの席へどうぞ」

 ぼくは入ってきた人をみて、「ああっ!」と声をあげた。



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