第4話 サギ高レース・スタート!

1 変な名前ね!


 ぼくは入ってきた人をみて、「ああっ!」と声をあげてしまった。


 背の高い男性。Vシネマにでてくるヤクザみたいな強面の男の人は、タケウチ!

 そして、そのあとから赤いタータンチェックのワンピースを着た女の子が入ってくる。

 黒髪を背中に垂らした色白の女子。雪花だ。『電光』雪花! ……えーと、苗字なんだっけ?


 巫女さんに案内されて、タケウチが周囲の敵を伺いながら、ぼくたちのテーブルの横を通り過ぎる。あとから、さっそうと歩くお嬢様、『電光』雪花はつんと澄ました顔で、手にはスチールのツールボックスを下げていた。

 二人は悠然とした態度で、奥のテーブルにつく。


「ちっ、香田雪花が出やがるのか」カメ先輩がちいさく舌打ちする。「こりゃ、優勝はかっさらわれそうだな」

「まずいよ、デンドーくん」サトシくんがテーブルに身を乗り出してくる。

「気にすんなよ」ぼくも身を乗り出して小声で元気づけた。「最初から優勝なんて無理だから」

「あきらめんなよ」カメ先輩が口をはさむが、無視しておく。だいたいいま、雪花が優勝するみたいに自分で言っていたじゃないか。


「あーら、あんたたちもレースに出るの?」

 頭上から声をかけられて、ぼくたちは「わっ」と、のけぞった。

 顔をあげると、つんと澄ました顔の『電光』雪花が、ぼくたちのことを見下ろしていた。


「たしか、あんたたち、あの『新宿ブラック』とかいうデブの仲間よね」

「ちげーよ!」ぼくは速攻叫んだ。「どうしてそうなるんだよ!」

「だって、一緒にいたじゃない」

「被害にあってたんだぞ! 勝手に仲間にするな」

「なによ、あんた。生意気にミニ四輪買ったの?」

 雪花がぼくのロータス・エリーゼをあごで指す。なんて偉そうで生意気な女だ。

「ああ! 買ったよ……」

 思わず、声のトーンが落ち、うつむいてしまう。


 ぼくのミニ四輪は、ミッド・モーターの小型車だ。大型モーターを積めないのでパワーがない。スピードも遅いし、スピンしやすい。

「へえ」テーブルに顔を寄せて、雪花がぼくのマシンをのぞき込む。「ロータス・エリーゼ・フェイズ3か。珍しいマシンね。実物は初めてみたわ」

 雪花は興味津々と、ぼくのミニ四輪を、舐め回すようにいろんな方向からのぞきこんだ。そしてタイヤに目をやると、はっとした表情になってたずねた。


「あんた、これ、あの公園で走らせているの?」

「そうだけど」ぼくは口をとがらせた。「あそこが地元だから」

「あそこ、直角コーナーばかりよね」

 雪花が言った瞬間、なぜかカメ先輩がはっとして彼女へ視線をとばした。

「スピンしたりしないの?」

「最近はしないさ」

 言い切ってしまってから、ぼくはしまったと思った。。最近はしない、ということは、前はスピンしまくっていたことがバレてしまう。それに気づいてか、『電光』雪花はにっこりと笑うと立ち上がった。

「あんた、名前は?」

「デンドーだ。抹羽まっは伝堂でんどう

 ぼくは立ち上がって雪花を見上げる。しまった、ぼくの方が背が低い。立つんじゃなかった。


「変な名前ねー。一発で覚えたわ」

 雪花は眉をくねらせて唇を歪める。人の名前を変だというが、自分は変顔である。

「レースで会いましょう」

 にっこり微笑むと、くるりとターンして自分のテーブルにもどっていった。



 そのあと、ぼくらはカメ先輩の「そろそろ行くか」の一言で移動を開始し、のこりのコースの下見を終わらせた。



『さあ、サギ高祭にお越しのみなさん、楽しんでますかァ! 本日の目玉はァ、なぁーんといってもォ、正午より開催の「ミニ四輪サギ高祭カップ」! 通称「サギ高レース」! いま大流行のミニ四輪による、校内をコースにした大レースだ。レースの最中は校内を自由に歩けなくなるので、ご来場のみなさんにはご迷惑をおかけしますが、ご了承お願いいたします。レース・スタートは12時ですが、開会式は11時半より始まります。また、出場選手のみなさんは、それより前の11時にゴール近くの受付へ集合してください。スターティング・グリッドの指定がございます。きちんと来ない人は、最後列からのスタートになるから、遅刻厳禁だぞう! 本日の試合実況は、サギ高放送部灰谷はいたに吉郎きちろうがお送りします。キッチン・ハイタニーと覚えてください。では、ご来場のみなさま、サギ高祭はまだまぁだ、始まったばかり。楽しんで行ってくださいっ!』



 11時には受付にいかなけりゃならないのだが、ぼくたちにはそれまでにやらねばならないことがあった。

 奥まった廊下のすみまでいって床にすわりこみ、ツールボックスを開けてミニ四輪を取り出す。ボディーを外して、内部メカを露出させ、そこに取り外していたVRカメラを再装着させなければならないのだ。


「これ、本当に問題なかったんですか?」

 ぼくは心配になってたずねるが、もうやってしまったことだから、いまさらどうしようもない。

「車検後の改造は自由だ。スタート位置は、マシンの性能によって決められる。速いマシン程、前からのスタートだ」

 カメ先輩はぼくたちの作業を見下ろしつつ、人が来ないか周囲を警戒していた。

「マシンの性能とは、その速度と車体重量だ。車検のあとに大型のモーターに変えてもいいが、そんなことをしても意味がない。スタート位置が下がるだけだからな。が、重量を軽くしておくことは、こちらの有利になる。とはいえ、モーターやバッテリーを外してしまえば、車輪が回らない。となると、走行には必要だが、車検には関係ないVRカメラを外しておいて、あとからつければ、本来より軽い重量の計測となり、スタート位置があがる。カメラはあとからつけ直しておけば問題ないし、ルール上も問題なし。これはおれが去年考え付いた裏技だから、誰にも言うなよ」


「言いませんよ、怒られるかもしれないから」

「中嶋サトシ、おまえも誰にも言うなよ」

「言いませんけど、それならそれ、ぼくにも教えてくれれば良かったのに」

「友達がくるなんて知らなかったんだから仕方ない。が、おまえもデンドーのライバルなんだろ? だったら教えられないな」

 カメ先輩はにやりと笑う。


「おい、デンドー、あとでバッテリーもちゃんと試合用のを入れておけよ」

「忘れませんって」

「小型バッテリー入れてるんだ……」

 サトシくんが首を傾げる。

 小型バッテリーとは、通常の半分のサイズのバッテリーだ。縦の長さがいっしょなので、ソケットには問題なくはいるが、幅は半分しかない。

「軽量化対策だよ」カメ先輩が説明する。「バッテリーを小型にして、重量を軽くする。試合のときは通常バッテリーを入れる。また、さらに、ぎりぎりまで外しておいて、放電を避ける。そういう作戦だ」

「よし、できた」

 ぼくはカメラの再装着がおわったシャシーを下におくと、ボディーのグラスをみがき、内部のルームミラーも丁寧にガーゼで拭ってから、シャシーにのせて固定する。


 ミニ四輪には、オプションパーツでドアミラーとルームミラーがあるのだが、カメ先輩の経験談によると、このミラーはレースでは必須だという。レース中に、いちいち首を回して背後を振り返っている余裕は全く無いらしい。ミラーがあれば、首を回さずとも、目線を動かすだけで背後の様子が分かるかららしい。


 予備バッテリーでマシンを起動したぼくは、VRカメラの映像をチェックした。問題なし。歪みもエラーもない。角度も自動調整の範囲内なので、リセットからのセンタリング処置をすませる。

 ちなみに、バッテリーのみは、ボディーをはずさずとも、後部ハッチの開閉で交換できる仕組みになっている。そうでなければ、長いレースなどでぜったいに必要な、レース中のバッテリー交換ができないからだ。

「サギ高レースではな」カメ先輩は静かに語る。「スタート直後、いかに前に出るかが重要なんだ。出場車数に比べて、コース幅が狭い。後ろからのスタートで、前に出るのは不可能にちかいんだよ。おい、出来たら行くぞ。時間がない。あとで試合用のバッテリーと交換するの忘れるなよ」

「はぁい」


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