第26話 コーナー勝負
直線は唐突に現れた。
ぼくはステアリングを合わせ、タイヤの滑りをとめると、アクセル全開。前方の急峻な上りへ飛び込む。
短い上り。そこからの急激なドロップ。
ぼくは左右のレールの向こうに見える景色から、そのドロップが直線であることを判断し、アクセル全開でジャンプした。
もう終着駅がちかい。右手にステーション・ホームの屋根が見えている。
ここからは直線。ジェットコースターは終わりだ。そして、レースは最終局面に移る。
スロープを下り、屋外へ。滑らかなカーブ。そして、下りの直線。
流れるようにランプを抜けて、青空の下を走る屋外コースへ。
案外ホコリの積もったプラ板の路面。
短い直線から、直角コーナー。『ビッグサンダー・キャニオン』から、ゴールのある特設会場へ。このあとは長い直線。そこで雪花に追いつかれるはず……。
「えっ」
直角コーナーを抜けた瞬間、バックミラーの中を金色のシルエットが横切る。
「もう来たのかよ!」
思わず笑ってしまった。
長い直線でたちまち横に並ばれる。もっと引き離していたかと思ったのに。
5速全開のぼくのエリーゼに、雪花の金色のアヴェンタドールが並走してきて、サイド・バイ・サイド。そのままパワーに任せて前にでていく。
ぼくはその後ろにぴたりと張りつき、スリップ・ストリーム。
雪花のアヴェンタドールのテールと、ぼくのエリーゼのノーズの間隔は1センチもない。
雪花のマシンの巻き起こす乱流の中に入り、ぼくはアクセルをゆるめる。
悔しいけれど、この直線では雪花には勝てない。それどころか……。
ミラーをのぞくと、後ろから追い上げてくるインプレッサとRX8。2台ともアホみたいに速い。
ぼくは必死に頭の中でこのあとのコース・レイアウトを思い出す。
このラスト・ゾーンは重要なので、必死に暗記したのだ。
ぼくは暗記問題は苦手だけれど、こればっかりは覚えないわけにはいかない。
死んでも覚えているくらい、必死になって覚えたんだ。
まず、このさきのコーナー。
円を描く90度の旋回。コース幅があり、ラインの自由度も高い。
それを抜けるとホーム・ストレート。長い直線。会場につめかけた観客の前を走る太い直線。問題はここ。
直線が長すぎる。
そして、つぎが最終コーナー。ゆるい右。このあとさらに直線があって、それでゴール。そこまでの間に、なんとしてもトップに立つ必要がある。ここまで来たんだ。
絶対に勝つ!
次のコーナーが迫る。
右の90度。ぼくの得意な直角コーナー。
コース幅もあり、ラインの自由度も高い。
雪花はどうする? やはり多角形コーナリングか?
ほくは金色のアヴェンタドールにぴたりと張りつきながら、前を走るドライバーの心を読もうと必死になる。
サイドミラーには、ぼくたちにぐいぐい追いついてくるインプレッサとRX8の姿が映っている。
くっそー、こいつらみんな速い。
とにかくこのコーナーで前に出ないと。
ぼくは雪花の後ろから離脱してインに切れ込むタイミングを測る。
視線をコーナーのイン側の壁に飛ばした瞬間、雪花の金色のマシンが回転した。
「えっ!? 多角形コーナリング? ここで!?」
ぎょっとした。あまりにも速いタイミングでの多角形コーナリングだ。
雪花はいつも、コーナーの奥でこの急旋回を行っていた。
だが、ここで──よりによってこのタイミングで、雪花は多角形コーナリングをぶっぱなした。
「しまっ……」
ぼくはあわててインに切り込む。
突然のことにタイミングを外した。しかも、雪花は車体を真横にして、イン側の壁に弾丸みたいな一直線の最大加速。
ぼくの前から一瞬で姿を消す。スリップ・ストリームが外された……。
ぼくは急旋回に入り、ステアリング操作が荒くなる。その乱れを突くように、インプレッサがぼくの前に割り込み、左旋回をかける。
右コーナーなのに、左旋回!?
ぎょっと目をみはる、ぼくの真ん前で、青いインプレッサは急ハンドルを切って反対方向へ独楽のように回る。
しまった! わざと一度アウトに振って、そこからの逆ドリフトだ。
四輪全てを滑らせた青いマシンが、ノーズをインに向けながら、四輪全部をホイルスピンさせ、パワーとトラクションにものをいわせたロケット噴射みたいなドリフトでコーナーを駆け抜ける。
そして、ぼくのアウト側では、おなじく四輪ドリフトで車体を横にしたRX8が、ドリフト・アングルを抑えた舵角のすくない旋回でコーナーリング。
ぼく以外の全員が、コーナー手前で旋回を開始する大技を炸裂させていた。
なんてことだ! これぞまさしく、立ち上がり重視のコーナリング。
ぼくは肝心なところでミスった。いや、雪花にまんまと釣られてコーナー奥へ放り込まれていたのだ。
だが、まだチャンスはある。ぼくはステアリングをずばっと切った。
あきらかなオーバーステアでイン側の壁に向けて突っ込む。
こんな練習は今までしたことないし、考えてもいなかった。でも、この瞬間、ぼくの身体は勝手に動いたのだ。
ぼくのマシンは四輪すべてを滑らせて、コントロール不能になるぎりぎりの状態で内側の壁に突っ込んでいった。
本来はここで、ステアリングを切って回避するか、ブレーキを踏んで減速するかの二択だろう。
だが、ぼくは違うことをした。
アクセル・オン!
思い切ってフルスロットルをぶちかました。
タイヤは四つとも滑っている完全ドリフト状態。
この状態で加速開始。ずりずりとドリフトしながら、ぼくのマシンは加速し、そのまま遠心力を受けて横に滑る。
目の前をイン側の壁が横に流れていく。
立ち上がり速度が速い。コーナーの前半からアクセルを開けていたからだ。
ぼくのマシンは横っ飛びにイン側の壁を鼻面こするように駆け抜け、もの凄い速度で直角コーナーを脱出した。
立ち上がりでRX8を抜き去り、前を行くインプレッサに喰らいつく。
だが、この長い直線でついていけずに引き離されてしまうだろう。
ぼくは祈るようにアクセル・トリガーをめいっぱい引き、エリーゼの加速にすべてを賭ける。
じりじりと前を行くインプレッサとの距離が縮まる。こちらの脱出速度が高かったから、いまはじりじり追い上げているが、やがて向こうがこちらを引き離す瞬間がやってくる。
その前に、なんとかスリップ・ストリームに入ることができれば……。
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