第30話 特別な存在
バックミラーにちらりと映ったマシン。
赤いランボルギーニ・ディアブロ。
さっき追い抜いたはずのマシンだ。そいつが、高速S字を駆け抜けて俺に喰いついて来ている。
速いな。さっきよりも速いペースだ。
ははーん、と俺は思った。
おそらくドライバーが変わったな。さっきとは走りの精度がちがう。友達の上手い奴に変わってもらったか。あるいは、弟が負けたんで兄ちゃんが出てきた、みたいなオチか。
相手は大型モーター装備の四駆。
最新の電子デバイスも装備している。
二十年前のエリーゼでは太刀打ちできない。
だが、走りの本質は、そこじゃない。
マシン・スペックの差は大きいが、彼我の腕に大きな差がある場合、その差を逆転させることは難しくない。
俺は迫るコーナーに対して、ぎりぎりのブレーキングで飛び込んだ。
フロントのサスが縮み、前輪に荷重が移る。
タイヤの摩擦力は、かかった荷重に正比例する。
瞬間的に増大した前輪の摩擦力は、強いコーナリング・フォースを生み出す。
それを利して、俺は本来不可能な速度での旋回を行った。
左の直角コーナー。コーナーひとつ抜ければ、俺が引き離す。
これは絶対だ。
だが。
「えー、マジかよ」
俺は苦笑さぜるを得ない。
後ろのディアプロは、ぴたりと俺に張りついてきた。
最近のミニ四輪はこんなに性能がいいのか。
むかしのマシンだと、いまの速度で旋回するのは絶対無理だったはずなんだが。
つぎの右。
仕方ない。俺は得意技を使うことにした。
慣性ドリフト。
ここまで走って、エリーゼの感覚はすっかり思い出している。問題なくいけるはずだ。
俺は恐れることなくアクセルを開き、コーナーに飛び込む。
タイヤが四つとも滑り出し、車体が綺麗な四半円を描いてコーナーを駆け抜ける。
だが。
「えっ」
俺は思わず声を上げた。
慣性ドリフトでコーナーを抜ける俺の真横に、赤いマシンがいる!
ディアブロが、サイド・バイ・サイドでドリフト旋回している。
「嘘だろ」
立ち上がり。
俺の隣を並走していたディアブロが、強烈なトラクションで俺を引き離してゆく。加速が凄すぎて、とてもじゃないが追いつけない。
単純な加速勝負ではとうぜん向こうが上だが、それだけではない。
いまの旋回、ディアブロは俺と遜色ないコーナーリング・スピードを叩きだしていた。そればかりではない。脱出速度ではかすかに俺を上回っていた。
そして、俺を引き離したまま、つぎの高速S字。
前を行くディアブロはコーナー手前でケツを振ると、ブレーキング・ドリフトからのブーメランみたいな逆ドリフト。
プロレーサーの俺ですら、舌を巻くような華麗な旋回で、高速S字を魔法のように駆け抜けていった。
なんだ、ありゃ……。
開いた口がふさがらなかった。
俺は大きく突き放されて、ゴール・ラインに到着。
停止しているディアブロの横にエリーゼを止めると、顔からVRゴーグルをもぎ取って、ガキどものいる場所へ早足で歩み寄った。
三人の子供たちがびっくりした顔で俺の方を見つめている。その手にはホイラーとゴーグル。
どいつだ。いまの走りを見せたのは、三人のうちの、どの子なんだ?
そんな俺の疑問に答えるように、三人のお子様はいっせいに腕をのばして、右の方を指さす。
その指さす先を、ひとりの女が颯爽と歩き去ってゆく。
長い黒髪。ブルージーンズに包まれた形のいいヒップ。細っいウエスト。
モデルか?と思うような美しい女は、足を止めて振り返ると、俺に向けて手を振った。
そして、両手でメガホンをつくると、嬉しそうな笑顔のまま大声をだす。
「プロレーサーっていったって、大したことないわね!」
言い切った満足感からか、すっごく嬉しそうな笑顔を見せて歩き去る。
呆然と見つめる俺の前で、その女は公園の外に路駐したスポーツカーに手を掛けると、ガルウィング・ドアを開いてひらりと乗り込む。
金色のスーパーカー。
ランボルギーニ・アヴェンタドール。
アホか。リアルで乗るな!
そして、魔獣が咆哮するような12気筒サウンドを、閑静な住宅街に響かせ、嵐のように走り去る。
周囲の迷惑とか、いっさい忖度なし。
俺は、自分の生まれ育った街を走り去るスーパーカーのテールを呆然と眺めてつぶやいた。
「やっぱ、性格、最悪だな。やられたら、絶対やり返すもんな」
俺は昔の彼女のことを思い出し、ぷっと吹き出した。
不思議だ。この歳になっても、ミニ四輪でつながった人たちとふいに出会うことがある。
やはり俺にとって、ミニ四輪は特別な存在だ。
そして、このミニ四輪がいまのガキどもにとっても、特別な存在であることを切に願う。
<電動マッハ! 完>
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