第7話 ニーニャの素性


 俺とニーニャは、崖下にその入り口を開いた小さな洞窟で、焚火を囲んでいた。焚火の明かりが外に漏れないよう、入り口の下半分は、枯れ枝と草でふさいである。


 疲れているからか、ニーニャがすぐにウトウトしはじめた。俺は、彼女の華奢な体が直接地面に触れないよう、袋に入れていた服を地面に敷いてやった。体の上には、袋を掛けてやる。体全部は覆えないが、無いよりましだろう。

 焚火が消えないよう、少しずつ枯れ枝をくべる。こうしていると、ここが異世界であると忘れてしまいそうだ。


「母さま……クーニャ」


 ニーニャが、寝言を言っている。彼女の頬には、涙の筋があった。

 この少女は、どう見ても下層階級の出身ではない。

 教養もあるし、気転も利く。その上、俺自身ですら気づかなかった能力に気づいていた。それも一度見ただけでだ。これは並大抵のことではない。


 寝ているニーニャにそっと近づくと、彼女唯一の持ち物である、首から下げた革袋に手を伸ばす。あと少しというところで、ニーニャが小さく寝がえりをうった。薄い着衣を押しあげている、胸の先端が俺の手をかすめる。

 ドキッとして、反射的に手をひっこめた。


 少し考え、もう一度袋に手を伸ばす。ニーニャが横へ向いたことで、地面に垂れたかたちになった革袋をたやすく手にすることができた。固く締められた袋の口を開き、中のものを取りだす。

 出てきたのは、楕円形のブローチだった。おそらく鎖がついていたのだろう。頭の所に、小さな輪っかがある。表面には、何かの記号がある。それは、地球で見た西欧の紋章に似ていた。


 ブローチの横についた突起に触れると、蓋がぱかりと開いた。そこには一枚の小さな写真が入っており、金髪の美しい女性と二人の少女が映っていた。少女の片方は赤い髪、もう一方は金髪だった。赤髪の子は、面影からして幼い頃のニーニャだろう。

 ブローチの蓋をそっと閉めてから革の小袋に戻し、口を固く締めておいた。

 ニーニャが高貴な身分出身であることは、もうまちがいないだろう。

 色々考えているうちに、俺はいつの間にか眠ってしまった。


 ◇


 私が目を覚ますと、いつの間にか身体の下に服が敷いてあり、上には何かの布が掛けられていた。上半身を起こすと、洞窟の入り口から入ってくる朝の光で、その布は、マサムネが持っていた袋だと分かった。

彼と知りあうきっかけとなった袋。彼の優しさが伝わるそれをそっと撫でてみる。上質の布は、彼との出会いを思いおこさせた。

 昨日彼に押さえつけられた背中と、何かされて痛みが走った手首、なぜかそこが熱くなった。


 マサムネは、私が見たこともない奇妙な姿勢で寝ていた。膝を立て、その上に頭を載せている。

 あんな姿勢で、よく寝られるものだ。


 手と膝で岩床を這い、そっと彼に近づく、右手を伸ばし彼の黒髪に触れた。

 心なしか、髪からかすかに花のような香りが漂ってくるように感じられた。

 美しく艶のある黒髪は柔らかく、汚れもなく清潔だった。

 その手触りにドキリとしたが、同時に悲しくもなった。

 なぜなら、自分の髪がすごく汚れているのを知っているからだ。

 母様かあさまが世界一美しいと褒めてくれたその髪は、頭に載せた袋の中で汚れにまみれている。


 そういえば、近くに滝があったわ。

 あそこで髪と身体を洗っておこう。

 彼に嫌われないように。

   

 ◇


 目が覚めると焚火は消えており、入り口から陽の光が入っていた。膝を抱えて座ったまま寝ていたから、お尻が痛い。ジャージは、このような場所で寝るための服装じゃないからな。

 横を見ると、ニーニャの姿が見えない。彼女の下に敷いておいた服は、きちんと畳んで袋の中に戻されていた。お金が入った革袋も、そのままだ。


 そして、なぜかニーニャが着ていた服も畳まれ、袋の上に置かれていた。彼女の服からは、何とも言えないよい香りがした。鼻が自慢の俺には、危険なほど甘く切ない香りだった。


 すでに枯れ枝や草が取りはらわれた入り口から外に出ると、周囲を見まわした。

 目の前まで森が迫っており、洞窟がある崖は、陽の下で見ると思ったより低く、すぐに上まで登れそうだった。昨日は気づかなかったが、遠くでかすかに何かの音がする。

 俺は音がする右の方へ歩いていった。崖の端を回りこむと、聞こえてくる音が大きくなる。水が落ちる音のようだ。崖に沿ってそちらへ向かった。


 大きな岩から顔をのぞかせると、思わぬものが視界に飛びこんできて、動けなくなった。小さな滝の下には、滝つぼがあり、そこに全裸の少女が立っていたのだ。

 まっ白な肌の少女は長く赤い髪を体にまとい、気持ちよさそうに落水を浴びている。

 鎖骨からつうっと流れた水の筋が、ピンク色の乳首でとまると、綺麗な水滴となって散った。

 美の化身のような彼女の身体は、思いのほか起伏がはっきりしていた。


 昨夜ニーニャの胸に触れた、右手の甲が熱くなるのを感じた。

 やっと、他人のあられもない姿をのぞいていることを意識した俺は、滝に背を向け後ずさろうとした。まるでお約束であるかように、足元で石がごろりと転がった。


「誰っ!?」


「……ニーニャ、俺だよ」


「なんだ、マサムネか。

 あんたも、水浴びしたらいいよ」


「い、いや、俺は、後で……」


「ああ、そうか。

 そう言えば、世の殿方は、女性の裸を見てはいけないんだったわね」


「そ、そういうこと」


 彼女の声が急に途切れたかと思うと、突然後ろから抱きしめられた。


「ああ、気持ちよかった。

 こうすれば、早く体が乾いて便利ね」


 ニーニャの胸、その先端を背中越しに感じる。俺の脳裏に、つい今しがた目にした彼女の乳首がちらつく。これはヤバい。


「参った! 参ったから、放してくれ」


「分かったわ。放せばいいのね。

 じゃ、また後でね」


 彼女はそう言うと、俺の横を通り、全裸のまま洞窟の方へ向かう。裸の綺麗な背中のラインや、ひきしまったお尻、すらりと伸びた足、その全部が俺の目に飛びこんでくる。


 頭に血が昇った俺は、滝つぼへ向かって全力で駆けると、ジャージのまま水に飛びこんだ。

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