第2話 召喚された少年
雪が積もった庭でバシャリと井戸水をかぶる。
俺は凍てつく空気に身を震るわせた。今時、冬の行水ってどうよ? しかし、長時間の組み手により、体は汗でずぶ濡れだ。このままにすれば、俺が大嫌いな汗の臭いが漂うだろう。
じいちゃんを言いくるめ、なんとかシャワー付き浴室を用意させなくては。しかし、そりゃ技を決めるより難しくなりそうだな。
稽古着からジャージに着がえ、部屋へ戻る。築百年になろうかという日本家屋は、どこからともなく隙間風が吹きこんでくる。俺はため息をつき、フトンにもぐりこんだ。この家にエアコンはないから、温まるには服を着こんだり、フトンをかぶるしかない。
大体、なんで寒がりの俺が、こんなところに住んでるんだろう。
俺の名前は、
人が通らない道なので、雪は踏み固められていない。じいちゃんに、スキーやカンジキを使うのは禁じられているから、学校に着くころには、嫌いな汗の臭いが立ちのぼることになる。
俺は、現実から逃避したくなり、頭から布団をかぶった。
◇
その頃、ボナンザリアという世界で、大魔導士による召喚の儀式が行われようとしていた。場所は、トリアナン王国王城にある『儀式の間』だ。
ロウソクが短くなるほど続いた、長い詠唱が終わると、太った大魔導士が杖を振った。すると石の床に描いてある、大きな魔法陣がぼうっと白く光った。部屋にいる王や王女が見まもる中、魔法陣の中央がひときわ明るく輝きだす。
光は部屋を満たした後、すうっと消えていった。魔法陣の中央には、見たこともないようなものがあった。
「お父様、あれは?」
礼服を着た王女が問いかける。ティアラやネックレスはもちろん、衣服にも宝石を散りばめたその姿は、まばゆいばかりだった。
「な、何じゃあれは? 人ではないのか?」
気がはやった王が、魔方陣の中心に現れたそれへ近づこうとする。
「陛下! まだ魔法陣に入ってはなりませぬ! 近寄れば、陛下が異世界に落ちることもありえますぞ」
足元まであるまっ白なローブを着た宰相の言葉で、王は元の位置まで下がった。
「レスター、調べよ」
宰相の声で、近衛騎士の一人が魔法陣に近づく。魔法陣の中央に召喚されたものは、無生物のようにも見えるが、広がった形はスライムのようにも見える。騎士は、恐る恐る、それに手を掛けた。
「……陛下、生きものではありません!」
騎士の声に答えたのは、王ではなく大魔導士だった。
「そんなはずはない! この世界を変えるほどの力を持つ者を、確かに召喚したはずじゃ!」
大魔導士は、太った体をゆすりながら、顔をまっ赤にして抗議する。
そのとき、魔法陣の上に広がった不定形のものがもそりと動いた。
『なんかうるさいな』
それは、異国の言葉だろうが、大魔導士をはじめ、理解できるものは一人もいなかった。
不定形のものが、もそもそ動くと、黒髪の少年が顔を出した。
『あれ? なんだ、この場所。こりゃ、ひどい夢だな。二度寝しよう』
少年の顔は、また不定形なものの中へと戻った。
先ほどの騎士が、少年の消えたあたりを剣の
『痛っ! 何だよ、いったい!』
再び、黒髪の少年が顔を出した。
「おお! やはり、召喚されておったか!」
驚きに呆然としていた大魔導士が、喜びの声を上げる。彼は、すぐに呪文を詠唱し少年に向け杖を振った。
得体の知れぬもの下から見えていた、少年の頭部がボウッと青く光る。
「あんたら、誰?」
「おお! 『
「あれっ? まだ、夢の中なのか?」
「夢の中などではない。お主は、ここ、『トリアナン王国』に召喚されたのじゃ」
「ドリアなんだって?」
「『トリアナン』じゃ。それと、陛下の御前じゃ。敬う言葉を使え」
「そんなこと知るか! 俺は、眠いんだ。おやすみっ!」
少年は、彼が『
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