スキルクラッシュⅠ/トリアナン王国編  ♡ムフフ♡な俺の異世界

空知音

トリアナン王国編

第1話 プロローグ


「ふぁははは! 

 やはりお前からは、これっぽっちも魔力が感じられん!

 ただの無能力者だな。

 なんだ、その構えは? 

 この大魔導士ブッターナ様に、お前のような小さき羽虫が挑むとはな。

 覚悟はできているんだろうな、ふぁははは!」


 脂肪で腹部が幾重にも突きだしている大魔導士の前に立つのは、彼に比べるとずいぶん華奢に見える黒髪の少年だった。

 少年は指で銃の形を作り、目の前で腹を抱え笑っている巨体を醒めた目で眺めていた。

 彼は指の「銃」で大魔導士を「撃った」が、何も起こらなかった。いや、何も起こっていないように見えた。


「ゴタクはいいから、かかってこいよ」


少年の挑発を、大魔導士は嘲笑あざわらう。


「ふぉへへえっ!? 無能力者めが!

 偉大なる私に、なんて口の利き方だ! 両手両足をもぎ取って、家畜として飼ってやる!」


「そちらから来ないんなら、こちらからいくぞ」


 少年が近づいたとき、大魔導士が魔術を唱えた。


「地獄の業火よ。

 この羽虫を焼きつくせ! 

『インフェルノ』!」


 男の詠唱は火属性魔術最上位のものだったが、周囲には何の変化も起きなかった。


「『インフェルノ』! 『インフェルノ』! 

 な、なぜだ!? 

 なぜ、魔術が発動しない!?」


 少年は、大魔導士のすぐ脇に立った。巨体からは、体臭なのか息なのか、とにかくなんともいえない悪臭が漂ってくる。少年は男に触るのも嫌だったが、彼には魔力がないから仕方なかった。大魔導士の右腕を逆関節に極め、一瞬でへし折る。


 ボキリ


「ぎゃっ! 痛い、痛い! やめて、やめてくれ!」


 少年は、ためらいなく大魔導士の左手も折る。

 段々腹の男は、この時点で気絶している。

 続けて、右膝をへし折る。

 苦痛により、男が再び意識を取りもどした。


「い、痛い!」


「お前は、俺の両手両足をもぎ取ると言ったな。

 だから、お前は両手両足を失うことになる」


 残った左膝をへし折られ、男は再び気絶した。

 少年はそれを口にしなかったが、大魔導士にとって最も大切なものである『魔力』は、最初に破壊してあった。


 少年は大魔導士が身につけた宝石を引きちぎると、それを腰のポーチに入れた。壁際に置いてあったロウソクを使い、部屋へ火を放つ。

 パチパチとはぜる音を背に、少年はその部屋を出た。運が良ければ、自称大魔導士は、外に逃げられるだろう。


 あ、そういえば、ヤツって歩けない状態だったな。

 今さらながら少年はそのことに気づいたが、歩みを止めようとはしなかった。


「……まあ、いいか」


 引きちぎった壁布タペストリーで手についたあぶらを拭きとりながら、少年は大魔導士の屋敷を後にした。

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