第11話 理不尽
朝起きると、横にはニーニャがまだ寝ていた。毛布を目の下までかけている。
彼女の少し広い額に口づけすると、ベッドを揺らさないよう、そっと降りた。城で支給された靴を履き、服も城でもらったものに着がえる。
カーテンを潜ると、マーサが朝食のしたくをしているところだった。
俺の姿を見た彼女は、無言でウインクしてきた。
あー、さすがにカーテン一枚だと全部聞かれちゃってますよね。俺たち明け方までチュッチュしてたもんね。
マーサは、朝食の用意が一段落ついたのか、部屋の奥から布に包まれたもの出してきた。
「ほれ、見てみな」
手渡された布を開いてみる。そこには、凝った作りの小さな鏡があった。ただ、端の所が欠けている。
自分の顔を映してみて驚いた。口の周りが赤くなっている。
あーっ、キスしすぎると、こうなるのか。
鏡の中でだんだん自分の顔が赤くなっていくのってなかなか見られないかもな。しょうがないから、俺はごまかしきれないと分かっていて、ごまかそうとする。
「マーサさん、おはようございます」
「あははは! 面白い子だねえ。
自分の顔を鏡で見た感想がそれかい?」
「す、すみません」
「謝ることたあないさ。
私も若いころはねえ……って、何言わせるんだい!
とにかく、ほどほどにね」
「は、はい」
その後、マーサさんは、俺に二つのお使いを頼んだ。一つは、カメに水を汲んでくる事。もう一つは、ニーニャの服を買ってくる事だ。
俺は水を入れるためのカメを持つと、木の扉を開け外へ出た。
◇
西の『ゴミ箱』も周囲には草原が広がり、その向こうに森が見える。この世界は、もしかすると、自然がたくさん残っているのかもしれない。
先にするよう言われた、水くみに向かっている。
マーサさんの話だと、森と草原の境目に小川が流れているということだ。川は、どこで何をするか決まっているそうで、飲み水をくむのは一番上流、つまり俺の進行方向から見て左だ。俺たちが昨日までいた洞窟は、城壁の北側、ここから見てずっと左手、森を越えたところにあるわけだから、小川はあの滝から流れてくるかもしれないな。
えっ? 契約があるのに、なぜニーニャから離れても大丈夫なのかって?
ニーニャが「満足」した状態にあるなら、少しくらい離れてもムラムラは起こらないそうだ。この点、契約の抜け穴といえるかもしれない。
これは、夜中にイチャイチャしながらニーニャが教えてくれた。
草原の中には、水くみ場への道がついており、迷うことはなかった。舗装はされていない土の道だったけど。
小川は、幅二メートルくらいの小さなものだった。ただ、水量は十分だし、水はとても綺麗だ。小魚の群れが泳いでいる。
高さ一メートルくらいのカメに水を入れ、後ろ手にそれを背負う。じいちゃんから同じような訓練を散々やらされたので、俺にとってこの仕事は、なんということないものだった。
集落に帰ると、マーサさんの家がある辺りに人が集まっていた。
その中の三人は、あきらかに上等な服を着ている。だいたい、『ゴミ箱』に住んでる人って、貫頭衣っていうのかな、男も女もワンピースなんだよね。
近づくと、三人の一人、ネズミを思わせる顔つきの男がこう言っているのが聞こえた。
「税金を納められぬというのか!」
男の前には、腰に手を当てたマーサさんが立っていた。その後ろには、顔にススをつけ、頭髪を茶色の布で隠したニーニャの姿もある。
「私が知らないとでも思ってんのかい!
この『離れ』には、昔から税金は無いんだよ」
マーサさんが、大きな声を上げる。周囲にいた住民も賛同の声で答えた。
「ふん、お情けでここに住まわせてもらってるくせに、偉そうなことを言うな!
税金が払えないなら小屋を壊すぞっ!」
「そんな理不尽があるかいっ!」
俺はカメを家の中に運びこむと、すぐ外へ出てマーサさんに耳打ちした。
「マーサさん、税金はいくらなんです?」
「あっ、あんた、帰ったのかい。
五ディールだよ」
それは、下から二番目のコイン一枚分だった。恐らく高くはないんだろうが、『ゴミ箱』の人たちにとっては、それでも高額なのだろう。それに、ここで支払ったりすると、そういう不法行為がエスカレートするのは目に見えている。
「ここだけ、大人しく五ディール支払っておいてください。
俺に考えがあります」
「そ、そうかい?
じゃ、やってみるかね」
俺は、さっと後ろを向くと、革の小袋から五ディール硬貨をとりだした。それをマーサさんの手に握らせる。
彼女は、ちょっと驚いた顔をしたが、そのままそれを三人の男に見せた。
「ふん、払えばいいんだろう。
ほれ、五ディールだ」
金を受けとると、ネズミ顔の男はニヤリと笑った。
「分かればよいのだ。
これからも、税金はきちんと払えよ」
男たちは、三人並んで去っていく。
俺は指でピストルの形を作ると、三人を「撃」った。
まん中の男だけは、「やめろっ!」と小さく言いながら撃ち、他の二人は、心の中で、スキルが消えろと念じて撃つ。もちろん、指鉄砲だから弾など出ないのだが。
マーサさんは、俺がやってることを呆れ顔で見ていた。
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