第10話 二人の夜


 狭いベッドの上、マサムネと背中合わせで横になり、私はここ『ごみ箱』に来てからの事を思いだしていた。

 親身になって相談に乗ってくれたおじさんが、奴隷商人だったこと。

 たまたま通りかかった鍛冶屋の男性が、売りとばされそうになっていた自分を救ってくれたこと。

 かつて住んでいた城とは比べ物にならない、驚くほど狭く汚れた小屋に住んだこと。

 毎日、夜が来ると不安と孤独にさいなまれ、自分の拳に歯を立てたこと。

 たまたま知りあった『ごみ箱』の子供たちから、ここで生活するための知恵を教わったこと。


 想いは過去へ飛び、幸せだった日々、今は亡き父様と母様のことを思うと涙がこぼれた。

 マサムネに気づかれないよう、そっとそれを拭う。

 合わせた背中から伝わる彼の温かさが心地よく、私を安心させてくれる。

 しかし、それだからこそ、魔術契約を結んだ今でも、彼がどこかへ行ってしまわないか不安だった。

 彼は、生きていくだけで必死な私がやっとつかんだ希望だから。

 この人だけは、どうしても失いたくない。

 私はいつの間にか彼の方を向き、すがりつくような姿勢を取っていた。


 ◇


 俺とニーニャは、マーサの家に泊っている。

 部屋は小さく、ベッドはさらに小さい。一つしかないベッドに俺とニーニャは並んで寝ている。

 並ぶと言っても、狭いベッドには、二人が上を向いて寝るスペースは無い。俺たちは、背中を合わせるように横になっている。

 俺は床に寝てもいいと言ったのだが、ニーニャが許してくれなかった。

 

 月明かりが無いから、部屋の中はまっ暗闇だ。

 背中からニーニャの体温が伝わってくる。俺の心臓が鳴っているのか、彼女の心臓が鳴っているのか判然としない。


「マサムネ……」


 そうささやくと、ニーニャがこちらに向いた気配がした。

 俺も身体を彼女の方へ向ける。 

 俺の鎖骨を彼女の息がくすぐる。


「私と契約したこと、後悔してる?」


 ニーニャの囁きには、不安の気配が混ざっていた。


「いいや、してないよ」


 意図せず彼女の裸を見てしまったことが契約の原因だから、全く後悔がないとは言いきれない。だが、目の前で不安に震えている少女を突きはなすことは、とてもできなかった。


「私の側にいてね」


 ニーニャは、か細い声でそう言うと、そっと俺の唇をついばんだ。

 

「ニーニャ……」


 やっとそれだけ言うと、俺は彼女を抱きよせた。彼女の身体は細く、強く抱きめると折れてしまいそうだった。背中に回した手から彼女の熱が伝わり、それが俺の体温を上げた。

 生まれて初めて、自分から唇を求めた。ニーニャの唇を、自分の唇でそっをはさむ。俺の唇が彼女の唇全体を渡り終えると、腕の中で、ニーニャがピクピク震えた。もしかすると、それは契約のせいかもしれない。

 俺たちは、明け方まで互いの唇を確かめあった。


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