第9話 西の『ゴミ箱』
日が高くなると、俺たちは洞窟を出た。
空腹を滝つぼの水でごまかし、森へ入る。
先に立ったニーニャは、木立の中をためらいなく進んでいく。どうやら、この森のことが、よく分かっているようだ。
森から草原に出る。ニーニャは、膝のあたりまで生えた草の中をまっ直ぐ進んでいく。きっと何かを目印に進んでいるのだろうが、俺にはそれが何か分からなかった。
草から見えかくれする彼女の白い膝裏が、なぜか気になる。俺は別に脚フェチではないから、これは契約のせいかもしれない。
それに、彼女の背中のラインも気になる。今朝、洞窟で彼女が脱いだものを見た時、下着らしきものはなかった。おそらく、素肌に直接服を着ているのだろう。
俺はモヤモヤが沸きあがるのを振りはらおうと、頭をぶるぶると振った。
外壁に到着する。火事で焼けた小屋が見あたらないから、昨日の集落とは違う場所のようだ。
「ここは、西の『ゴミ箱』よ」
ニーニャが俺の方を振りむいた。洞窟を出る前、彼女は焚火をした後のススを顔に塗りつけている。赤い髪も、茶色の布で包んであった。
俺たち二人は、汚物を避けながら外壁沿いに進んでいく。
やがて、ニーニャは、ある小屋の前で足を停めた。その小屋は、周囲のものと較べ、幾分しっかりした造りに見えた。
彼女は、独特のリズムで扉をノックした。
扉が開き、現れたのは、恰幅のいい中年の女性だった。
ぼさぼさのブロンドが、野良犬を思わせた。
「ニーニャ! あんた、無事だったんだね!」
「ええ、なんとか、森に逃げられたわ」
「なんでも北の『ゴミ箱』は、住民の半分近くが死んだって話だよ。
だから、あんたのこと心配してたんだ」
女性は、ニーニャを豊かな胸に抱きしめた。
「さあ、お入り」
彼女は扉を閉め、俺とニーニャを中へ招きいれた。
部屋の中は、思いのほか整っていた。壁には布が張られているし、テーブルや椅子、ベッドもある。奥にカーテンがあるから、もう一部屋あるのかもしれない。天井に使っている、半透明な素材から陽の光が入ってくるから、十分明るい。ただ、その天井は低く、下はむきだしの地面だった。
女性は、俺たちをテーブル脇にある丸椅子に座らせると、いそいそと部屋の隅に向かった。そこには、錆びついてはいるが薪ストーブのようなものがあった。彼女は、ストーブの上に載せてあった筒のような入れ物をミトンで掴むと、コップにお湯を注いだ。
お湯に色がついているから、筒の中身はお茶なのかもしれない。
彼女は、テーブルの上に三つコップを並べた。
「さあ、何があったか、詳しく話しとくれ」
昨日の襲撃についてニーニャが話すのを聞きながら、俺はお茶に口をつけた。お茶は思ったより美味しく、なぜか懐かしい味がした。ちょっと麦茶に似ているかもしれない。
「で、この男の子は誰なんだい?」
女性は、試すような目で俺を見る。
「こいつはマサムネ。自分では、異世界から来たって言ってるわ。
マサムネ、こちらはマーサ。頼りになる人よ」
「異世界ねえ……まあ、この国には異世界からの人間もいないことはないけど。
この坊やをどこで見つけたんだい?」
「ゴミの山だよ」
「そりゃ、信用できないねえ。
異世界からの人間は、王城区にいるのが普通だろ?」
俺は、昨日城であったことを大まかに話した。
「魔力が無い? それじゃあ、捨てられても仕方ないね。
そうだね、人相は悪くない。とりあえず、信じといてあげるかね」
マーサは、テーブルの上に置いた俺の手をポンポンと叩いた。
「おや? あんた誰かと契約してるね」
彼女は俺の左手中指に目を留めた。
「マーサ、マサムネは、私と契約してるの」
ニーニャが左手を見せる。その中指の付け根も銀色に光っている。
「あんた、無茶するね!
こんな得体の知れない坊やと契約してもいいのかい?」
マーサは、呆れ顔だ。
「彼は大丈夫。
それより、何か食べるものをもらえない?
マサムネ、お金出して」
俺は、袋から革の小袋を出し、ニーニャに渡した。
彼女は、上から三番目に価値があるコインを二枚、マーサにさし出した。
「こんなに?
気を遣わなくてもいいんだよ」
「少し泊めて欲しいし、これでも少ないくらいよ」
「家も焼けちまったようだからね。
しばらくウチにいな」
「マーサ、ありがとう」
こうして、俺たちは、マーサの家に泊まることになった。
◇
俺とニーニャに割りあてられたのは、カーテンの奥にある小部屋だった。
部屋と言っても、いろんなものがごちゃごちゃ積みあげてあるから倉庫に近い。つんとくる金属の匂いがした。
そこに、一つだけベッドが置いてあった。シーツと毛布は意外なほど綺麗だが、なにしろベッドの横幅が狭い。一人用のベッドなのだろう。
今はベッドの上にニーニャが座っていて、俺は一つだけある丸椅子に腰かけていた。
「あんたがやってたこの座り方、なかなか楽ね」
ニーニャは、ベッドの上で膝を抱えている。膝上まであるワンピースが少しめくれ、まっ白な太ももの裏が見えている。スカートの奥は陰になっていて見えないが、彼女が下着をつけていないことを思いだし、ドキドキしてしまった。
思わず視線をニーニャから外す。
「どうして、ここに座らないの?」
ニーニャが、自分の横を指さす。
「うーん、なんでだろう」
「契約してるんだから、なるべく近くにいた方がいいよ」
「そ、それはそうだけど……」
これは、拷問に近い。近づいてもドキドキするし、離れてもムラムラするんだから。
「この後は、どうするんだ?」
俺は話題を変えようとした。
「そうね、今日は、ここでゆっくり休みましょう。
明日から人探し開始よ。
西の『ゴミ箱』は、一度調べてるんだけど、念には念を入れたいの」
「分かったよ」
俺たちは、狭い部屋で夜を迎えた。
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