第8話 契約

 彼に全てを見られてしまった。

 それは、痺れるほどの恥ずかしさと、不思議な甘い感覚をもたらした。

 私を見たことを、嫌なことだとは思っていない彼の様子に救われた。

 身体と髪を綺麗にしておいてよかったわ。

 でも、この後はどうなるのかしら。

 私と一緒にいてくれるの?

 どうやったら、離れずにいられるんだろう。

 それより、きっと滝の水で身体が冷えているだろうから、彼のために焚火をおこしておこう。

 

 ◇


 水浴びを済ませた俺は、ずぶ濡れのジャージと下着を固く絞ると、それを再び身につけた。

 クシャミをしながら洞窟に戻ると、すでに服を着たニーニャが焚火をおこしてくれていた。


「早く火にあたらないと、風の精霊にいたずらされるわよ」


 言われるまま焚火の近くに座ろうとして、一瞬動作が停まってしまった。汚れが取れた彼女の顔が、あまりにも美しかったからだ。

 すこし広い額の下に、大きめの青く綺麗な目がある。

 小さな耳から、とがり気味のあごにつながるラインが、幼さをとどめていた。

 桜色の唇はつややかで、思わず触れたくなるほどだ。

 ニーニャは、長いまつげの下から意味ありげな視線を俺に向けてくる。


「私の裸を見てどう思った?」


 いきなりですか? 


「き、綺麗だった」


「……そ、そう? 

 あのね、この世界には、ある約束があるの」


「約束?」


「女性の裸を見た男性は、一生その人を守っていくのよ」


 ニーニャが、ニヤリと笑った。そういう顔をすると、いつもは幼く見えるだけに、よけい大人っぽい。


「い、一生……」


「まあ、あなたは異世界人だから、そこは許してあげるけど、その代わりに私と契約してもらうわ」


「契約?」


「そう、契約。魔術で二人を繋ぐのよ」


「繋ぐ?」


「それは、契約してみれば分かるから。

 さあ、目を閉じて」


 彼女は、俺が目を閉じるよう目顔でうながす。

 俺は、仕方なく目を閉じた。

 ニーニャが小さな声で呪文のようなものを唱えているのが聞こえる。

 彼女の声がしなくなると、俺の唇に何かがそっと触れるのを感じた。


 薄目を開けると、ニーニャの顔が目の前にあった。

 閉じた目の上で、彼女の長いまつ毛がふるふると震えている。

 俺は、慌てて目を閉じた。

 永遠とも思える時間が過ぎたあと、ニーニャの唇が離れた。

 その瞬間、あの甘く切ない香りがした。


「目を開けてもいいわよ」


 俺が目を開けると、彼女は自分の左手を見せた。中指の根元が、銀色に変色していた。

 自分の左手を見ると、やはり同じ部分が銀色になっている。


「これで、契約は完了。

 一人が危機に陥ったりすると、もう一人に伝わるようになっているの」


 なるほど、そういう仕組みなのか。

 魔術ってすごいな。


「契約は、探している人に私が会えるまでよ」


「探している人って誰?」


「今は言えない。

 その人に会えたら、あなたを解放してあげる」


「解放?」


「さっきの滝まで行ってみるといいわ」 


 何のことか分からないが、とにかく洞窟を出て滝まで歩いてみた。

 すると、滝に着く少し手前で、モヤモヤするものが、体の奥から湧きあがってくるのを感じた。

 滝つぼのほとりまで行くと、そのモヤモヤがさらに強くなる。息が早くなり、心臓の鼓動が早くなる。

 頭の中に、目の前にある滝つぼで見たニーニャの裸体や、「食堂」で見た彼女の唇、焚火の横に寝ていた姿が、ぐるぐる浮かんでくる。

 なんだこりゃっ! 

 エッチな気持ちになってるじゃん!


 俺は、慌てて洞窟に戻った。

 焚火の横に座るころには、モヤモヤというかムラムラは、嘘のように消えていた。


「おい、こりゃひどくないか?」


「ひどい?」


 彼女の顔に、悲しそうな表情がよぎった気がした。


「あなたは、私から離れられなくなったということよ。

 契約完了まで、私を守ってもらうわ」


「仕方ない。

 だけど、探し人が見つかったら、必ず解除してくれよ」


 俺は、中指の一部が銀色に光る左手を、彼女の目の前に持っていった。

 ニーニャは、なぜか俺から顔をそむける。


「もちろんよ」


 こうして、俺はニーニャと契約した。

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