第70話 ヴァルトアイン公爵


 第二区にある豪邸、むしろお城と言った方がいい屋敷で、セリカと俺の二人は食事の席に着いている。


 部屋は、学校の教室を二つくっつけたほどの広さがある。シュテインによると、この部屋は、「小さい方」の食事部屋だそうだ。「大きい方」ってどんだけなんだ。


 継ぎ目がない長いテーブルに、椅子がずらりと並んでいる。奥にある椅子には当主が座るに違いない。俺、セリカ、シュテインが席に着き、その後ろにルチアとニーニャが立っている。

 ニーニャには申し訳ないが、通行証を取った関係で、彼女はメイド姿で通すことにしたのだ。


 ノックの音がして、執事のような格好の中年男性がドアを開けると、シュテインが席から立った。セリカと俺もそれにならう。


 非常に顔立ちが整った、色白の男性が入ってきた。年齢は三十代後半だろう。彼は、ゆっくり歩いて一番奥の席に座る。彼の後から入ってきた美しい女性がその手前に座る。

 俺たちと彼らの間には空席がいくつかあるが、ここではそういうものなのだろう。


 シュテインが腰を折りまげお辞儀したので、俺もそれをまねる。


「お父様、これが闘技会優勝者マサムネ。

 こちらは、ご存じだと思いますが、ブランドン侯爵家のセリカです」


 

「吾輩が、ヴァルトアイン家当主ルーマンじゃ。

 これが我が妻スミルナ。

 シュテインが友人を連れてくるなど、初めての事じゃ。

 ゆっくり過ごしたまえ」


「セリカさん、少し見ないうちに立派になったわね。

 そう、あなたがマサムネ君ね。

 シュテインがよくあなたの話をするのよ」


「お、お母さま、そ、それは――」


「うちの子にもやっと友達ができて安心してるの。

 セリカさん、マサムネ君、シュテインをよろしくね」


「はい、それはもう」

「はい、もちろんです」

 

「ところで、マサムネとやら。

 そちは、魔術の天才セリカに闘技会で勝ったそうじゃな」


「はい、なんとか、ぎりぎり勝ちました」


「ははは、謙遜せずともよい。

 試合の様子は知人から聞き知っておる。

 なんでも、試合でオーガのような振舞を見せたため、『鬼畜』の名をほしいままにしとるそうではないか」


「こ、これは、お恥ずかしい」


「よいよい。

 そのくらいでないと、息子の相手は務まらぬわ。

 おかげで最近、シュテインは快活になりおった。

 ようやってくれたな」


「もったいないお言葉です」


 夫人が、俺の方を見て微笑む。


「そうそう、マサムネ君。

 私の友人が、あなたの話を聞いて、ぜひサロンに招待したいということなの。

 二日後の夕方は空いているかしら」


「はい、大丈夫です」


「では、メンドゥーナ夫人にそう伝えておくわね。

 できればその日、私もお邪魔するからよろしくね」

 

「はっ、承りました」


「もう、堅苦しいわね。

 ここでは、もうちょっと気兼ねなく過ごしてちょうだい」


「はい、ありがとうございます」


「シュテイン、ご友人がくつろげるようにしてさしあげなさい」


 ヴァルトアイン公爵が、鷹揚に言葉をかける。彼はテーブルの上に伏せて置いてある小さなガラス器に触れた。

 それは、風鈴のような澄んだ心地よい音色を奏でた。


 扉が開くとメイドたちが料理を運びこむ。ニーニャとルチアもそれを手伝う。

 この世界に来てから、最も豪華な料理だが、シュテインが言っていたように、全て冷めているため、味の方は今一つだ。

 熱々なら、さぞ美味しいに違いない。


 俺はシュテインにだけ聞こえる声で、ニーニャとルチアの食事について尋ねた。彼女たちは、後で他のメイドと一緒に食事するそうだ。


 こうして、ヴァルトアイン公爵邸、最初の夜が更けていった。

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