第39話 不名誉なあだ名
闘技会が終わり一休みした俺は、ニーニャと第四区をぶらついていた。
商店が立ちならぶ町を歩いていると、買い物客や店で働いている者がこちらを見てヒソヒソ話をしている。
時々、その声が聞こえてくる。
「鬼畜だ!」
「鬼畜が来たぞ!」
「あれが鬼畜マソムネよ!」
噂ってどんだけ早いんだよ。もう町中にまで広まってるのか。
俺は構わないんだが、一緒に歩くニーニャは気にならないんだろうか。
「ニーニャ、俺と歩いてて気にならないか?」
「みんなの噂のこと?
あなたは、あの娘を傷つけたくなくて、あんなことしたんでしょ。
だから、ちっとも気にならないわ」
「そ、それならいいんだけど」
「ほら、どんどん探すわよ」
ニーニャは、俺の手を取り歩きだした。
◇
第四区を一通り巡ってみたが、探し人は見つからなかったようだ。俺は肩を落としたニーニャを連れ、第五区の屋敷に戻った。
辺りはすっかり暗くなっていた。
「さっきまで、ミーシャがあんたを待ってたんだけどね。もう帰ったよ」
マーサが俺たちを出迎えてくれる。
「あんた、優勝したんだってね。大したもんだ。
とびきりのご馳走を用意してるからね」
「マーサさん、ありがとう」
俺は、お礼を言うと、食堂に向かおうとした。
その時、玄関の扉が激しくノックされる。
「開けてっ! 早く開けなさいよっ!」
マーサが扉を開ける。
立っていたのは、セリカだった。
服装は、薄いピンク色の可愛らしいドレスに着替えている。
「マソムネ! あんた、なんてことしてくれたのよっ!」
セリカはガラス細工のように繊細な顔をまっ赤にして叫ぶ。
「まあまあ、お嬢ちゃん。一体どうしたんだね」
マーサが、セリカの背中を撫でる。
「こいつが、こいつが……ウ、ウエ~ン!」
マーサのふくよかな胸に顔を埋め、セリカは泣きだした。
マーサはセリカが落ちつくのを待ち、応接室に彼女を通した。
セリカは時々しゃくりあげながら、声にならない声で試合でのことをマーサに訴えている。彼女はいちいち頷きながら、その話を聞いている。
「そうかい、そうかい。大変だったんだねえ」
セリカはマーサから優しい声を掛けられ、また泣きだしてしまった。マーサが彼女を優しく抱きしめる。
「もう遅いから、今日は泊っておゆき。
マサムネ、いいね?」
マーサが有無を言わせぬ口調で俺の方を見る。
「あ、はい」
俺はしょうがなく、そう答えた。
「ご飯も用意しているから、しっかり食べるのよ」
「はいっ!
もう、お腹ぺこぺこですー」
セリカが別人のように甘えた声を出す。
ニーニャが呆れたような顔でそれを見ていた。
◇
「おいひいわ。
マーファファん、おひょうりすこい」
「おい、セリカ。
口に物を入れたまましゃべるな」
セリカはリスのような顔をして、料理をぱくついている。
「よく食べる若者を見るのは楽しいねえ」
リーシャばあちゃんが、ニコニコしている。つられてニーニャも微笑んでいる。
食事が終わると、俺たちは応接室に移った。俺、ニーニャが一つのソファーに座り、向かいにマーサ、セリカが座る。
セリカはマーサにすっかり懐いたようで、両手で彼女の豊かな身体に抱きついている。
殿様席に座ったリーシャばあちゃんが尋ねる。
「それで、あんたの用件は何なんだい、セリカ嬢ちゃん」
セリカは、我が意を得たりといった様子で話しはじめた。
「今日、闘技会があって、私、こいつに負けたの」
「あたしゃ見てたからね。知ってるよ」
リーシャばあちゃんは、優しく頷く。
「そ、そのとき、こいつ私にひどいことして、変なあだ名がついちゃったの」
「いったい、どんなあだ名だね」
セリカの頭を撫でながら、マーサが尋ねる。
みなさん、セリカを甘やかせすぎじゃありませんか?
「そ、それは……それは……」
セリカは言いよどんでいる。
「安心してお言い。
あたしゃ何があってもあんたの味方だからね」
マーサが力づけるように言う。
「マーサおばさん……。
あのね、セリカ、あだ名がついちゃったの」
「なんてあだ名だい?」
「お、『おもらしセリカ』……」
そう言った後、セリカはマーサの胸に顔を埋め、また泣きだしてしまった。
「マサムネ、あんた、一体なにやらかしたんだい?」
マーサがジロリとこちらを睨む。
わ、悪いのは俺ですか?
リーシャばあちゃんが、決勝戦の様子を話した。
「あんた、なんてことしたんだい!
女の子にとって、それが何を意味するか分かってんのかい」
いつもは温厚なマーサが、鬼のような顔になる。
「ご、ごめんなさい」
「マーサ、マサムネはセリカを傷つけないように、そうしたんだよ」
ニーニャが俺をかばおうとしてくれる。
「傷つけないだって?
体の傷は治るけど、心の傷は治らないんだよ」
「わかりました。俺が悪かったです」
「とにかく、あたしゃ、この
セリカが元気になるまでは、あんたが責任を持つんだよ」
「は、はい。わかりました」
俺はそう答えるしかなかった。
こうして、魔術師の少女少女セリカが
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