第38話 闘技会8


 キリグが担架で運びだされると、やっと競技場に音が戻ってくる。


「無詠唱! すげえ! 

 俺、初めて見たぜ」

「あんなのに勝てっこねえ」

「くそー、今回こそはキリグだと思ったから、ヤツに賭けたのによ」


 ふと下を見ると、心配そうな顔でニーニャが俺を見あげている。形のいい彼女のおでこに、そっと唇を当てる。


「ニーニャ、大丈夫だよ」


「でも、あんなの相手に勝てるの?」


「幾つか気づいた事があるから試してみるさ」


「怪我しないでね」


「大丈夫だ」


 最後のはニーニャを安心させるための嘘だが、彼女は頬を俺の胸に当てた。


「決勝、第三区セリカ対第五区マソムネ」 


 今回は、これまでほど簡単にはいきそうにないな。


 ◇


 開始線に立ち、近くから見ると、セリカの華奢きゃしゃな容姿が際立った。

 触れたら折れそうな首や手首、それに細い眉、大きな茶色い瞳、細い鼻筋、小さな唇。「まるでお人形さんのような」という陳腐な形容がそのまま当てはまる。


 観客席は、セリカを応援すると決めたようだ。


「セリカー! 

 そんな奴、やっつけちゃえ!」

「キス男は殺せー!」

「壁に叩きつけろー!」


 みなさん、『アンチ俺』ですか。ま、いいけどな。

 つき添い人席で、胸に手を当てて祈るようにこちらを見ているニーニャに目を向ける。

 彼女さえ俺を応援してくれるなら、他には何もいらない。


「お兄さん、そんなモノで私に勝てると思ってるの?」


 セリカから、容姿に合った鈴のような声が発せられた。

 彼女は、ワンドの先で俺のダガーを指している。


「俺は魔術が使えないからな」


「でも、他にも剣とか槍とかあったでしょう」


「俺は、これで十分だ」


「私をなめてるの?」


「君は魅力的だが、なめたりはしないよ」


「な、な、何を言ってるの! へ、変態!」


「おや? どういう意味でとったのかな?」


 俺は、赤くなっているセリカを意味ありげに見つめた。


「今に見てなさい。

 私の足元に這いつくばらせてやるんだから」


「そんなことしたら、スカートの中が丸見えだぞ」


「ひ、ひいっ! やっぱり変態じゃない!」


 それを聞いていた審判が、呆れたように言う。


「二人とも、準備はよろしいか?」


「ええ、いいわ!」

「ああ、いいぞ」


「それでは、決勝戦、始めっ」


 審判は一目散に場外へ出た。


「今すぐ降参すれば、怪我しないわよ」


 開始直後、さっと後ろに下がったセリカが挑発してくる。


「なんで、勝てるのに降参しなきゃならないんだよ」


「なんですって! 見てなさい!」


 無詠唱であっという間に水玉を作りだしたセリカが、それを俺に撃ちだす。

 俺は余裕をもってそれをかわした。


「なっ!? まぐれよ。

 次は外さない」


 彼女は短く詠唱すると、さっきより大きな水玉を作った。

 それが飛んでくるが、俺から一メートルも離れた所を通りすぎた。


「ど、どうして当たらないの?」


 水玉ができる瞬間、気配のようなものがある。その上、撃ちだされた後の水玉は軌道修正ができない。これでは、当たれという方が無理だ。その上、俺は飛び道具を避けるのが上手い。

 セリカの水玉は普通の者なら避けられないスピードだろうが、じいちゃんの飛び苦無くないを避ける俺にとっては、ハエがとまるくらいにしか感じられなかった。


 余裕ができた俺は、試してみたかった事を実験することにした。セリカの水玉を避ける時、それにスキルクラッシュを当てたのだ。

 方向は地面に向けてある。もし外してスキルクラッシュが人に当たると、可哀そうなことになるからな。


 スキルクラッシュが命中した水玉は、幻のように消えうせた。


「えっ!? なんで?」


 セリカの口が大きく開く。

 俺はそのチャンスを逃さなかった。

 古武術の技【縮地】であっという間に距離を詰めると、彼女の後ろへ回りこむ。

 ダガーの先を首に突きつけた。


「降参するか?」


 彼女はそれには答えず、無詠唱で自分の一メートルくらい前に水玉を作った。それを自分の方に撃つと同時に俺と体を入れかえようとした。

 無茶だ。なぜなら、下手をすると俺のダガーが彼女自身の首に刺さる行為だからだ。


 ダガーをセリカの首筋からぎりぎり外すと、彼女の動きに逆らわず、むしろその動きを加速するように力を加えた。

 俺たち二人の身体が、一回転して元のポジションに戻る。

 当然、水玉はセリカを直撃した。


「ぅきゃっ!」


 少女が可愛い声を上げる。俺は彼女を盾にした形で、水玉の勢いに逆らわず、後ろに跳んだ。

 彼女の脇を潜りぬけた水がいくらか俺にも当たったが、ダメージを受けるほどではなかった。しかし、セリカはそうはいかなかったようで、気を失いかけている。

 ちょうど背後にいる俺は、再び接触して活を入れてやる。

 セリカの意識が戻ってくる。


「な、なにっ?」


 ちょっと混乱しているようだ。


「降参しろ」


「だ、誰があんたなんかにゃははははっ」


 彼女の脇の下に両腕を当てると、両側からくすぐってやった。


「や、やめてっ! 

 そこは弱いにょはははは」


「なら、降参しろ」 

 

「いやにゃははははっ」


 両脇の下を上下にくすぐる。


「にゃははは、にゃははは、や、やめて、もう参っにゃははは」


「本当だな?」


「ほ、本当にゃははは」


「絶対だな?」 

   

「も、ら、らめにゃははは」


「答えろ」


「やっ、もう、やめにゃははは」


「答えないか」


「やっ、やっ、にゃはっ、あっああー!」


 彼女は突然笑うのをやめると、身体をブルブルさせはじめた。

 様子がおかしいので、思わず少し距離を取る。


 さっきの水玉で濡れ濡れになったセリカの身体は水が滴っているのだが、その足元には、かなりの勢いで水が流れおちている。

 水玉の水にしては量が多い。膝上までの白いソックスの内側を、「水」が流れ落ちる。


 あっ、これは漏らしちゃってるな。

 俺はやっとそのことに気づいた。

 セリカはヨロヨロと数歩進むと、へなへなと座りこんでしまった。そして、大声で泣きはじめる。


「ウ、ウェ~ン。

 も、もうお嫁にいけない~、ウェ~ン」


 土下座したようなポーズで泣きつづけるセリカ。

 近寄ってきた審判が、それを見て判定を下した。


「勝者マソムネ!」


 俺が右手を突きあげても、歓声は起こらない。

 観客席は、ざわついているだけだ。

 やがて、聞きたくもない言葉が聞こえだした。


「鬼畜だ……」

「鬼畜ね」

「「「鬼畜マソムネ!」」」


 こうして、闘技会は、俺に不名誉なあだ名を残し幕を閉じた。

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