第76話 メンドゥーナ夫人のサロン(2)
名前も知らぬ剣闘士との戦いを仕組まれた俺は、その男と正面から向きあっていた。
油断がない身のこなしといい、落ちつきといい、彼が並大抵の男でないのとわかる。黙って俺のことを観察していることからも、それがうかがえた。
端正ではないが、彫りの深い顔だ。太い鼻筋と、固く引きむすばれたやや厚い唇、何より澄んだ金色の目が男性としての魅力を発散していた。
「やっちまえー!」
「ぶっ殺せーっ!」
淑女らしからぬ声が投げかけられる。
男は、俺の動きを見ながら、足の動きだけでじりじりと右に動きだした。俺も彼の動きに合わせ左に動く。二人は円を描くように動いたが、突然相手が仕掛けてくる。
「しっ!」
そんな声と同時に剣先が、槍のようにこちらへ向かって突きだされた。
俺は身体を半身に開き、紙一重でそれを避ける。
男が剣を引く動きに合わせ、半歩前に出る。
相手はそれを予測していたようで、俺がそこに動くだろう空間に斬撃を走らせた。
しかし、それは俺にかすりもしなかった。
なぜなら俺が半歩前に出たのは、彼に近づくためではなく、右手の果物を
「ぐっ」
右眉の辺りに果物の直撃を受け、初めて男が声を漏らした。
柔らかな果実は、奴の眉辺りでぐちゃぐちゃに潰れ、その赤い汁が男から右目の視界を奪っている。
それでも振りぬかれていた大刀が跳ねかえり、俺の頭部を狙う。
しかし、それはすでに後ろに引きかけている俺から大きく逸れた。
俺はもう一つの果実を投げつける。
それは狙い違わず、ヤツの左眉に当たった。
「くっ」
果物の汁に両の視界をさえぎられた男は、初めて動揺を見せた。
俺は気配を消し、ヤツの後ろに回りこむと、その右耳に小さなデザート用ナイフの先を滑りこませる。
「動くと死ぬぞ」
小声で告げる。
動きを停めた後、男は大刀を手放した。
ガチャ
それが床に落ちる音とともに歓声が上がる。
「勝者、マサムネ!」
審判役の執事が試合の終了を告げた。
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