第75話 メンドゥーナ夫人のサロン(1)


 第二区に来て三日目。

 ニーニャは目的の人物を、俺は建国祭の日に服屋から尾行した二人の婦人を探し、あちこち歩きまわった。

 屋敷の数は二十も無いから、そのどれかには、あの婦人がいるはずだ。

 日が傾くまで探したが、結局この日の人探しは、ここまでとした。なぜなら、俺は今日の夕方、メンドゥーナ侯爵夫人から、招待を受けているからだ。


 俺は一人で迎えの馬車に乗り、メンドゥーナ侯爵邸に向かった。ニーニャを連れていかないのは、そういったことが、この国の常識に反するのと、俺が一人で自由に動くためだ。

 今日は、第二区の婦人たちが多く集まるから、その中に目当ての人物がいるかもしれない。


 馬車は、ほどなく目的の屋敷に着いた。

 メンドゥーナ侯爵邸は、ヴァルトアイン公爵邸ほどではないが、広い庭を持つ石造りの大きな屋敷だった。屋敷から少し離れた木立の中に建物が見える。いくつか離れがあるようだ。


 玄関前のロータリーには何台かの馬車があり、その間を縫うように、初老の執事が早足で近づいて来た。


「マサムネ様でいらっしゃいますか?」  


「ああ、そうだが」


「当家執事メグレィです。

 どうぞこちらへ」


 初老の男性は、渋い声で言うと、俺を客車から邸内へ案内した。


 ◇


 玄関を入ると、吹きぬけがあり、そこから廊下が左右に伸びていた。

 執事は右の廊下を進んでいく。

 突きあたりに大きな扉があり、彼はそれをノックする。部屋の中から若い執事が顔を出すと、メグレィの顔を確認し頷いて扉を開いた。


 部屋の中は、とても明るかった。照明は、宙に浮いているいくつかの玉だ。さすが魔術で成りたつ国だ。

 上品な薄緑色のカーベットが敷かれ、そこに七、八脚の白い丸ーテーブルが置かれている。一つのテーブルに客が四人ずつ着いているようだが、ほとんどの席はすでに埋まっていた。座っている女性たちは、みな三十代以上のようだ。このサロンへの参加は、結婚している女性が条件なのかもしれない。

 

 俺が入っていくと、みんなが注目した。


「黒髪よ!」

「あれが『鬼畜』ね!」

「思ったより小さいわね」


 そういった声が聞こえてくる。

 俺は、部屋の一番奥に置かれた丸テーブルに案内された。


「今晩は、淑女のみなさま。

 今日はご招待いただきありがとうございます。

 このような場に呼んでいただき、誠に光栄に存じます」 

 

 俺は、シュテインから教わった挨拶を口にした。


「まあ、あなたがマサムネさん? 

 闘技場で拝見したイメージより、ずい分小柄ね。

 今日は、私のサロンに来てくださってありがとう。

 サラニエル・メンドゥーナよ」


 メンドゥーナ夫人は、四十才くらいの落ちついた女性だった。小柄な身体に赤いドレスが良く似合っている。

 

 彼女が左手を差しだす。俺は、少し屈んで頭を下げながら、その手を両手で上下から包んだ。

 これが、位が下の男性が婦人に示す礼であることも、セリカから教わっている。


「まあ! 他国から来たとうかがっていましたが、ずい分礼儀正しいのね」


 俺は、そっと両手を彼女の手から離す。


「美しいご婦人の前では、礼儀正しくするのが我が国の習わしでして」


「まっ、お上手ね。

 さあ、今宵のサロンを始めますから、くつろいでくださいな」


「ありがとうございます」


 夫人は部屋の前方中央に立ち、サロンの開始を告げたあと、俺をみんなに紹介した。


「今日のゲストは今回の闘技会で優勝したマサムネさん。

 食事の後で出しものも用意してありますから、皆さんどうか楽しんでくださいな」

 

 各テーブルから拍手が上がる。


 ◇


 食事は、さすがに上等なものだった。何より冷めていない。

 俺は心ゆくまで美食を味わった。

 食事の後、お茶が出される頃には、部屋の壁際に小型のハープのような弦楽器を持つ数人の男性が座り、音楽を奏ではじめた。

 ご婦人方は、その多くがテーブルを立ち、あちこちでおしゃべりしている。


 ワゴンで運ばれてくる、色とりどりのデザートを味わいたいが、ひっきりなしに婦人たちが話しかけてきて、それどころではなかった。

 デザートのワゴンが去っていくと、演奏していた男たちも部屋から出ていった。再びメンドゥーナ夫人が中央に立つ。


「では、本日の出しものです」


 彼女がそう言うと、部屋の扉が開き、ワンドを持つローブ姿の男たちに囲まれた、大男が入ってきた。

 男は身長が二メートル近くあり、素肌に黒い革のジャケットを羽織っている。濃い胸毛と、岩のような腹筋が見てとれた。首には鉄の輪を着けている。

 髪の色も、この国の人々とは違い、濃いブルネットだった。

 手には鞘に入った大剣を携えている。

 

「ガランダ国出身の剣闘士です。

 かの国ではチャンピオンでした」

 

 メンドゥーナ夫人が誇らしげに大男の紹介をする。

 男は執事に導かれ、部屋の前に立った。

 その部分だけ最初からテーブルが無かったのは、こういう訳か。

 俺は、すでにメンドゥーナ夫人が何をしたいか分かって呆れていた。

 それは、「ちょっとした余興」として人に命のやりとりをさせることだ。


「マサムネさん、どうぞこちらへ」


 執事の声を合図に、俺は椅子から立ちあがり、前へ出る。

 百七十センチほどの俺がその男と並ぶと、まさに大人と子供だ。


「審判は、私がつとめます。

 では、用意を」


 用意を、と言われても、俺が着ているのは、サロン用にヴァルトアイン公爵から借りた窮屈な服だ。しょうがないから、上半身裸になる。

 婦人たちから、黄色い声が上がる。


「ちょっと失礼」


 一番前のテーブルに置かれたデザート用のナイフを借りる。ついでにスモモに似たデザートの果物を二つ頂いておく。

 比較的柔らかな果肉の果物は、きっと俺の要求に応えてくれるだろう。


「では、二人とも、向かいあって……始めっ!」


 執事の合図で、「出しもの」という名の殺しあいが始まった。

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