第123話 末路


 孤児院を出た俺たちは、ニーニャの希望で外壁沿いの散歩に来ていた。

 名前の通り、ゴミ箱のような場所だが、彼女が一年以上毎日を過ごした場所だ。それなりの思いもあるのだろう。


 仕事場を城壁内へ移す準備があるミーシャと彼の家で別れると、俺たちは集落の中をゆっくり歩いた。東の『ゴミ箱』には、意外なほど人が残っていた。

 城壁内で住めるようになったのに、『ゴミ箱』を選んだ人々がいたようだ。


 クーニャ、ソニアさん、アニタも一緒についてきたが、彼女たちも興味深そうに周囲を眺めていた。

 俺たちは、北の『ゴミ箱』にも行った。


「ここに住んでたのよ」


 ニーニャが、かつて自分の住居だった焼け跡を指さすと、さすがにクーニャたちは驚いていた。


「こんな狭いところに、よく住めたの」


 クーニャが感心したように言う。


「住んでみると、意外に何とかなるものよ」


 ニーニャは笑っていた。

 王女であった彼女が、ここでどれほどの苦難を乗りこえたかを思い、俺は胸が熱くなった。


 西の『ゴミ箱』は、以前より活気があるほどで、店の数も増え、家々の造りもずい分しっかりしたものになっていた。


 俺とニーニャは、懐かしいマーサの家へ向かった。彼女はすでにここを完全に引きはらっているから、別の人が住んでいるだろう。

 

 かつてマーサが暮らしていた家は、大衆食堂となっていた。

 筋肉ムキムキの浅黒い男が、店の前で呼びこみをしていた。


「みなさ~ん、美味しいわよ~。

 今日は、野ネズミのいいのが入ってるわ。

 うまうまよ~」


「なあ、お茶も飲めるか?」


 俺は男に声を掛けた。


「まあ、可愛い坊やね。

 もちろん、お茶だけでもオッケーよ」


「じゃ、五人で頼む」


「いらっしゃーい、どうぞどうぞ。五名様ご案内~」


 俺たちは、かつてマーサが住んでいた家に入った。


 ◇


 家の中はテーブルが四つ置かれ、かつてあった小部屋との仕切りは取りはらわれていた。

 ニーニャとの思い出の場所が無くっていて、俺は少し胸が痛んだ。

 家の奥に新しく扉がつけられており、どうやらそちら側に増築したらしい。

 そのドアが開くと、ひらひらがたくさんついた服を着た大男が現れた。どうやら、メイド服のデザインを元にしているらしい。

 

「いらっしゃ~い」


 男の姿を見たニーニャが、椅子からガタっと立ちあがる。


「あ、あんたはっ!」


 それはメイドの格好をしているが、紛れもなくかつて『火炎団』を率いていた大男だった。


「ま~、マソムネちゃんじゃなーい。

 よく来てくれたわ~ん」


 大男の、女性をまねた姿しなは、かなりの破壊力があった。

 俺への敵意は全く無いようだ。


「あ、ああ、久しぶりだな」


「赤い髪のお嬢ちゃん、あの時は、ホントごめんね~。

 私、まだ目覚めてなかったから、いけないことしちゃった。うふっ」


 そこで、男は眼帯をしていないほうの目でウインクした。

 クーニャ、ソニアさん、アニタの三人は、啞然としている。


「私、マソムネちゃんに女にしてもらってから、もう毎日ハッピーよ」  


 クーニャが、ばっと俺の方を見る。


「ご、誤解するなクーニャ! 絶対、誤解するな!」


 俺が叫んだ時、奥のドアが開き、犬のようなものが二匹、部屋に走りこんできた。


「もう! こっちのお部屋には来るなって言ってあるでしょう。

 ポンちゃん、ワンちゃんはもう!」


 中型犬かと思ったけれど、それは毛皮をかぶった人だった。

 目を閉じ、髭を生やしている初老の男だ。

 クーニャが、がたりと立ちあがる。

 眉をひそめ、口を手で覆っている。


「クーニャ、どうしたの?」


 俺が声を掛けと、彼女は口を覆っていた右手を外し、震える手で、手と膝で這っている男を指さした。


「ポ、ポンパード……」


 えっ!?

 そう言われてみれば、痩せてはいるが、確かにポンパードの面影がある。


「あ~ら、うちの子の名前、よく知ってるわねえ。

 この子は、うちで飼ってるポンちゃんって子。

 目が見えないけど、番犬の役くらいはするのよ。

以前、世話になってたから、放っておけなくてね」


 おいおい、『火炎団』の後ろで糸を引いていたのは、ポンパードだったのか。

 まあ、今更なんだけどな。


 そのとき、ソニアさんまでが、椅子を倒して立ちあがる。


「あ、あなたは……」

 

 彼女は、もう一匹の「犬」の方を指さした。

 よく見ると、もう「一匹」も、人が毛皮を羽織っている姿だった。

 痩せた男は異様に頬がこけ、目の光も尋常ではなく、まるで人のようには見えなかった。

 しかし、その面影にはどこか見覚えがあった。

 記憶をまさぐっていると、ほとんど聞こえないほどの声でソニアさんが答えを教えてくれた。


「トリアナン国王……」


 言われてみると、確かに前国王だ。

 彼が狂死したという噂は、誤りだったようだ。


「このワンちゃん、ポンちゃんの知りあいらしくてね。

 そばを離れないから、しょうがなく一緒に飼うことにしたのよ。

 こっちの子は、こちらが言ってることも分からないみたいでね。

 だけど、捨てるのもかわいそうでしょ」


 クーニャとソニアさんは、固まったまま「犬」の方を眺めていた。

「二匹」が裏口から出ていき、お茶が出てくると、我に返った二人はやっと席についた。

 ニーニャも、やっと気持ちが落ちついたようだ。

 

「いったいこれは……」


 ソニアさんが、言葉を続けられずにいる。

 俺は驚きで止まっていた息をやっと吐くと、こう言った。


「ソニアさん、俺が元いた世界には、かつて偉い人がいてね。

 その人によると、この世のものは、不思議な関係で繋がってるらしいんだ。

 あの二人、いや三人も、そういう関係で繋がっていたんだろうね」


「マサムネにしては、なかなかイイ事を言うのね」

 

 ニーニャがいたずらっぽく笑った。


「たまにはいいだろう?」


 俺たちはお茶を飲みおえると、多めに硬貨を置き、店を去った。  

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