第32話 闘技会2


 闘技会は、思ったよりもきちんとしたルールが設けられていた。 

 勝利条件は無く、敗北条件だけがある。それは、以下のようなものだ。


   ・闘技線から外へ出たら負け。

   ・相手を殺したら負け。

   ・降参したら負け。


 反則などは特に設けられていない。何でもありのルールだね。

 武器は、闘技場に用意してある武器から選ぶそうだ。この世界の武器に慣れていない俺には不利に働くだろう。

 魔術を使う者は、自分のワンドを使えるという。どうみても、魔術をつかう事が前提の試合だ。

 

 そういえば、ミーシャは魔術が得意なタイプじゃない。一体どうやって勝ちあがったのだろう。

 リーシャばあちゃんに尋ねると、試合相手が詠唱を完成する前にボコボコにしたそうだ。ということは、素手で戦ってもいいことになる。これは俺にとって有利な条件か。


 俺は大枚をはたき、入場券を三枚手に入れた。選手には付きそいが一人認められるので、これがニーニャ枠。購入した三枚は、ルチア、リーシャばあちゃん、ミーシャが使う。保証人は、城壁内に住んでいる者なら誰でもよいので、俺自身にしておいた。マーサは、「わたしゃ、血を見るのが苦手でね」と遠慮したので、その日は留守番となった。


 入場券を買った他、特に用意もしないまま闘技会当日がやってきた。


 ◇


 当日、ニーニャ、ルチア、リーシャばあちゃん、ミーシャを連れた俺は、歩いて第四区の門に向かった。

 第四区の門は、第五区のそれと向かいあうように建っていた。

 もの凄い数の人が並んでいたが、貴族と出場者、その関係者用には、一般と別の窓口があったので、それほど待たず中に入ることができた。

 第四区は、人でごったがえしていた。

 ニーニャはさっそくキョロキョロしているが、これだけ人がいれば、見つかるものも見つからないだろう。


 俺たち五人は案内板に従い、闘技会の会場へ向かう。

 第四区は、第五区に比べ壁と壁の間が二倍近く広かった。その距離は、七、八十メートルはありそうだ。 

 ドーナツ型のその地域に、かなり間隔を空けて家が建っていた。庭がある一戸建てが多く、大きな屋敷もちらほら見られる。

 闘技場は円形をした建物で、小型の野球場を思わせた。


「おめえのことだ。一回戦から負けることはねえだろうが、油断するなよ。

 ニーニャちゃん、後でね」


 ミーシャがアドバイスしてくれるが、俺への口調とニーニャへのそれがあまりに違っていて、思わず吹きだしてしまった。ミーシャはそんな俺をジロリとにらむと、観客席への入り口から中へ入っていく。

 俺が選手用に渡されている木の手形を窓口で見せると、係員は横手にある小さな扉を指さした。


 闘技場地下の薄暗い通路には、ロウソクがところどころに灯されており、奥に入っていくと幾つかの扉があった。開いている扉から覗くと、選手らしい者が何人かいる。

 なぜそれが分かるかというと、肩から「たすき」を掛けているからだ。たすきには文字が書いてある。


 自慢の鼻が、すえたような汗の臭いを捉えた。

 ニーニャと俺が選手控室へ入っていくと、皆がじろりと俺の方を見た。今日のニーニャは、『ゴミ箱』当時の姿だから目だたない。それでも、数人の男が視線をニーニャに向けた。

 

 係員がやって来たので闘技会参加者の木札を渡すと、たすきをくれた。

 ニーニャがクスクス笑っている。尋ねると、たすきの名前が「マソムネ」になっているという。字が書けない俺は、申しこみを口頭でおこなったから、そんなことになったらしい。

 係員に案内され部屋の奥にある壁の前に立つ。その壁には、いろんな武器が並んでいる。盾や鎧の類は一つも無い。ルールには書いていないが、禁止されているのかもしれない。

 

 壁の一番下で埃をかぶっていた二本のダガーを俺が選ぶと、係員が驚いていた。武器を選ぶ者が少ない上、そのダガーを使うのは、恐らく俺が初めてとのことだ。

 俺は、手に載せたダガーのバランスを調べてみた。なかなか良い造りだ。二本の重心が同じ位置にある。作り手は武器の事がよく分かっている人物だろう。

 ダガーは、長年使っているかのように、しっくり俺の手に馴染なじんだ。


 選手控室の椅子に座わり待っていると、頭上で歓声が聞こえた。おそらく、この控室は観客席の真下にあたるのだろう。

 誰も呼びに来ないところを見ると、開会式のようなものは無いのかもしれない。


 俺たちが入ってきた入り口から見て、向かいの壁にある扉が開く。顔を出した係員が選手の名前を呼んだ。

 二人の選手がその扉から出ていく。片方は青いローブをはおりった青年で、手にワンドを下げている。もう片方はガッチリした体格の男で、肩に剣を担いでいた。つき添い役らしき二人も一緒に闘技場へ出ていった。


 控室からは闘技場が見えないので、外で何が起こっているか分からないが、頭上からは、さっきから一際大きな歓声が聞こえてくる。 

 十五分ほどすると、ローブを着た男だけが帰ってきた。負けた男は、別の出口から退場したようだ。

 俺が呼ばれたのは、四番目の試合だった。

  

「第五区マソムネ、『離れ』ダルケン、会場へ」


 係員の声で、闘技場への扉を潜る。俺の対戦相手は、筋肉もりもりの大男だった。手には、太い棍棒のような武器を持っている。

 おいおい、あれが当たったら怪我どころじゃ済まないぞ。

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