第5話 襲撃と覚醒(上)


 俺は、異世界で初めてできた知人、ニーニャと「食堂」に来ていた。崩れそうな屋根を棒きれで支えている小屋を食堂と呼べるのなら。

 テーブルの上には、得体の知れない肉が、皿がわりの木片にそのまま載っている。


「これ、何の肉だい?」


 俺は、一部が焦げたその肉を、フォーク替わりらしい木串でつついた。


「そうね、この味は、野ネズミかしら。

 今日は、ついてたわね」


 ニーニャは、そう言うと、桜色の唇をなまめかしく動かし、肉を飲みこんでいく。

 おいおい、野ネズミがごちそうって、どんな生活だよ。


「ところで、この国の事なんだが……」


 ニーニャと話して、次のようなことが分かった。


 ここは、『ボナンザリア』と呼ばれる世界で、俺が今いるのは『トリアナン王国』だそうだ。

 この世界には、三つ大陸があり、一番東の大陸にこの国がある。

 トリアナン王国は、地球の封建制度に近いものがあり、身分がはっきりと区別されている。身分によって住む所まで区別されており、これが幾重にも壁がある理由だそうだ。


 身分を区別するとき、基準になるのが魔力だ。

 魔力と使える魔術で、細かく階級分けがされており、それで身分が決められる。

 そのため、子供が十五歳でおこなう成人の儀でより高い魔力に覚醒するよう、貴族は、自分の子供が幼いころから英才教育を施すのだそうだ。


 俺が今いるここ、最外壁よりさらに外側の地域は、『離れ』あるいは、『ごみ箱』と呼ばれ、魔力が無い者は、そのほとんどがそこに住む。

 しかし、住民の表情がやけに暗いのが気になる。

 俺は、その理由を尋ねてみた。


「それはね、ここの住民には、希望がないからよ。

 病気になっても、誰も助けてくれない。

 教育も受けられないから、子供たちが優れた能力に覚醒することもない。

 そして、その上……」


 そこまで彼女が言った時、小屋の外が騒がしくなった。


「襲撃だ! 襲撃だぞー!」

「逃げるか、隠れるかしろっ!」

「女子供は、地下へ入れっ!」


 なにかが倒れる音や悲鳴が、つぎはぎだらけの板壁を通して聞こえてくる。

 ニーニャが俺の目を見て、さっきの言葉を続けた。


「その上、いつ殺されるか分からない」


 ◇


 「食堂」から外へ出ると、小型の馬に乗った男たちが、あたりを駆けまわっていた。彼らは、おそろいの赤いベストを身に着け、手には短い木の棒を持っている。その木の棒が振るわれるたび、周囲に炎がまき散らされる。 


「まずいわ! あれ、『火炎団』よ」


 どうまずいのか分からないが、やばいことだけは確かだ。ニーニャが走りはじめたので、俺もその後を追う。持ったままでは走りにくいので、布袋は腰にくくりつけた。

 走りながら、いくつか丸石を拾っておく。

 集落を後にした俺が振りかえると、壁沿いの集落が炎に包まれていた。


 ニーニャは、前方の森を目指しているようだ。俺たち以外にも、森の方へ逃げている者が何人もいる。しかし、馬に乗った男たちが、その一人一人を火だるまにしていく。

 とうとう、俺たちの所にも、馬に乗った男が近づいてきた。


「ひゃーっはーっ! 

 殺せ、殺せー、わーっはははは!」


こちらに向け、男が木の棒を振りおろそうとした。


 ガツンッ


 その男が、声も上げずに後ろへ倒れ、馬から落ちる。

 俺が投げた石つぶてが、眉間に命中したのだ。

 ニーニャが、あ然とした顔で、俺を見ていた。


「おいっ! バーニーが、やられたぞ!」


 バーニーって、ウサギさんですか。

 俺たちは、あっという間に、騎乗した五人の男に囲まれていた。一人の男がニーニャに向かい棒を振りおろそうとした。

 このタイミングでは、石つぶてが間にあわない。

 男に手を伸ばし、俺は叫んだ。


「やめろっ!」

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