第36話 闘技会6 


 つき添い人の席に座っているニーニャの、涙でぐしょぐしょになった顔を拭いてやる。

 周辺の観客席から音が消える。

 ススで隠していたニーニャの美貌が露わになったからだ。


 彼女は、声にならない声をあげ俺に抱きつく。

 またこぼれ始めた彼女の涙を唇で受けとめる。

 美しい顔中にキスの雨を降らせてやった。


 涙が止まると、ニーニャが俺の唇に吸いつく。俺はそれに応えてやる。客席から洩れた「ああっ」という声は、ルチアのものだろう。

 俺たちのキスは、係員に止められるまで続いた。


 ◇


 準決勝第二試合を前に、俺はニーニャと「一緒に」座っていた。

 二人の係員が付きそい席の横に立派な椅子を運んできてくれたから、俺はそれに座っている。そして、俺の膝にニーニャが座っている。   


 観客席からはブーイングのようなものも聞こえたが、俺とニーニャは全く気にしなかった。

 会場のざわめきが落ちつくと、新しい審判が出てくる。


「準決勝、第二試合。

 第三区セリカ対第四区キリグ」


 一人だけ控室に残っていた、黒ローブの男性が闘技場に出てくる。


「キリグー! 

 がんばれー」

「負けるな!」

「元チャンピオン、意地を見せてやれ!」


 引きしまった顔のキリグという三十代の男性は人気があるようで、応援の声が半端でない。


「キスしか能がない若造に、本当の戦いを教えてやれー!」


 いくら何でも、それはちょっとひどくないか?

 見おろすと、ニーニャが俺の胸に顔を埋め笑っている。

 どうやら、少しは元気になったようだ。 


 観客の歓声が急に高まったので、そちらを見ると、貴族たちが座っている場所から、緑と白の服を着た小柄な少女が、ひらりと闘技場内に飛びおりた。


 紺色のローブにその下は緑と白のブラウスのような服装で、胸元にえんじ色の細いリボンを結んでいる。ローブから見える下は、膝上までの赤黒チェックのスカートで、膝上まである白いソックスをはいている。ブロンドの髪は、左右とも耳の上あたりで、まとめてあった。


 幼さを残す顔は、美しいというより可愛いらしい。年齢はニーニャと同じくらいか、少し下だろう。ゴリラのような大女を予想していた俺は驚いてしまった。


「おじさん、また来たの? 

 いい加減に諦めればいいのに」


 セリカがキリグを挑発している。中身は見かけほど可愛くないようだ。


「この試合でお前の鼻をへし折ってやる」


 キリグが低い声で返す。


「初め!」


 さっきの試合の事を思いだしたのだろう。審判が、あわてて叫ぶと、場外へ下がった。

 キリグとセリカ、魔術師同士の戦いが始まった。

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