第23話 偽りの感謝(中)


 朝になると、昨日屋敷まで案内してくれた若い女性が、俺とニーニャを起こしにきた。

 俺の合図で部屋の中に入ってくると、彼女は、同じベッドの上に横になっている俺たちの方をチラリと見た後、顔をそむけた。頬から耳にかけ、赤く染まっている。  


「おはよう。

 もうお日さまが、地平線から『のぞいて』いるかい?」  


 女性の身体がピクリと動く。

 分かりやすいな。覗いていたのは彼女か。

 女性は部屋を整え、朝食をテーブルに並べる。

 そして、俺の右手を両手で包むようにして、こう言った。


「お帰りの用意は、もうできております。

 いつでも、お申しつけください」


 彼女が部屋から出ていくと、ニーニャがベッドから降りてくる。


「なによ、あの女!

 気安くマサムネの手を握ったりして! 

 マサムネ、あんたも鼻の下を伸ばしてたでしょ?」


 この世界にも「鼻の下を伸ばす」という表現があったことより、ニーニャが嫉妬しているらしいことに驚いた。

 ニーニャの耳元で俺が二言三言囁くと、彼女は目を大きく見ひらいた後、黙りこんだ。


 メイドの女性は、俺の手に一枚の紙を握らせていた。それには、「お帰りの際、お気をつけて」と書かれていた。


 ◇


 俺とニーニャは一階に降り、玄関を抜け客車に乗る。玄関の所に控えていたメイドと執事にお礼を言う。

 メイドは挨拶を返してくれたが、執事は能面のように表情を動かさなかった。

 客車に乗ると、御者台に座った執事が二頭の「トナカイ」に鞭を当てた。


 馬車は、昨日来た道をゆっくりと走りだした。ニーニャは、昨日と同じように、窓から身を乗りだし街を見まわしている。

 やがて馬車は、城門を出て舗装されていない道を走りはじめた。

 さっきまでと違い、かなりのスピードだ。


 俺は、馬車が北の『ゴミ箱』とは違う方向に向かっていることに気づいた。客車の窓から頭を出し、ゴロゴロいう車輪の音に負けないよう、大声で執事に話しかける。


「道が違いませんか?」


 執事は少し黙っていたが、やっと口を開いた。


「主がこの先の別宅でお待ちです。

 そちらで、お礼の品をお渡しするとのことです」


 嘘はバレないようにつけ。すでに馬車は森の中だぞ。こんなところに住居があるわけないだろう。

 昨日執事がニーニャの事を女性だと言った時点で疑いを持っていた。あの時、彼女は髪を包み、顔をススで汚していたからね。


 俺は覚悟を決め、座席に座りなおしたが、ふと思いたち、指をピストル型にすると前の壁を「撃」った。その向こうには御者台に座る執事がいる。

 俺の能力、【スキルクラッシュ】の実験だ。物を透過して対象に効果をおよぼすかどうか、これで分かるはずだ。


 馬車は、森の中にまっ直ぐ続いていた道をそれ、脇道へと入っていく。そして、さらに馬車がぎりぎり通れる、細い道へと入っていった。

 ほとんど使われることがないのだろう道には、草がたくさん生えていた。

 そこからほんの二十メートルほどで、木々に囲まれた、小さな草原くさはらに出る。

 草原の中央で馬車が停まった。


 馬車が停まるやいなや、俺は窓枠の上を逆手で握り、懸垂の要領で足を窓の外に振りだした。その勢いで客車の屋根に上がる。

 執事は、すでに馬車から少し離れた所を走っていた。


「ニーニャ、頭を下げてじっとしていろ!」


 馬車の周囲を取りかこむように、八人の男たちが、草の中から立ちあがった。

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