第18話 火炎団5


 舌を噛んで死ぬという選択肢まで封じられ、私は絶望にとらえられていた。

 おぞましいことに、大男の手が体のどこかを撫でると、そこに熱のようなものが生まれる。私には、それがマサムネと結んだ魔術契約の効果だと分かっていた。

 大男の手が、執拗に私の肌を這う。


「今まで男を知っているかどうか分からねえが、知らねえなら俺がお前の最初の男だぜ」


 大男の野太い声が、体の芯に突きささる気がした。それまで、毛皮に片ひじをつき、右手で私を撫でていた大男が起きあがると、体の上へのしかかってきた。


「じゃ、行くぜ」


 大男が言った瞬間、私は深い絶望に呑みこまれた。

 そのとき、固く目をつむった私の耳に、静かな声が聞こえてきた。


「行くって、どこへ行くんだ?」


 ◇


 私の上に乗った大男が身体を起こし、後ろを振りむく。部屋の入口、垂れ布を背に立っているのは、私が良く知る少年だった。


『マサムネ……』


 想像の中で、彼が殺される未来が見えてしまった。そこから生まれた絶望は、さっき大男に犯されそうになたっとき感じたものより、はるかに深かった。


「てめえ、どうやって入ってきた」


「ニーニャ、大丈夫かい? 

 魔術契約って便利なんだね。

 君がどこにいるか、簡単に分かるんだから」


 マサムネは大男を無視し、私の心配をしていた。

 大男と、私の両足を押さえていた二人、合わせて三人がマサムネの前に並んだ。


「あいつら、何してやがるっ!」


 大男が叫ぶ。


「あいつら? 外のヤツらのことかな?」


「そ、そうだ」


「死んだよ」


「なんだとっ!?」


「みんな死んだ」


「ど、どうやってでげす?!」


 唇が厚い小男が、目を丸くする。


「ああ、こうやってだよ」


 マサムネは、三人に向け、人差し指を伸ばし親指を立てた右手を伸ばす。

 三人は、一瞬ぎょっとした表情で身がまえた。

 しかし、何も起こらなかった。


「はんっ、意味のねえはったりかましやがって。

 どうせ、透明化の魔術でも使って忍びこんだんんだろう。

 おいっ、侵入者だっ!」


 大男が叫ぶ。


「お前は馬鹿か? 

 死人は返事をしない」


 マサムネの声が、次第に冷たいものに変わる。


「さっきのはったりだけで、俺たちに勝てるとでも思ってんのか?」


 背が高い方の子分が、つばを吐き、せせら笑う。


「ああ、さっきのは、ただの準備だ。

 本番はこれ」


 マサムネはそう言うと、握りこぶしで子分の額をトンと軽く突いた。


 ◇


 大男には、なぜ子分がやすやすと頭を少年に触れさせたか分からなかったが、そんな攻撃が利くわけはない。しかし、彼の思惑に反し、ドロスの体は力を失い、へにゃりと床へ崩れおちた。


「おいっ、ドロス! 

 いってえ、どうしたってんだ!?」


 しかし、崩れおちた子分は、ピクリとも動かない。額のところに開いた小さな穴から、血がとろりと垂れた。


「あと、こんなのもある」


 少年の手が一瞬かすむと、小さい方の子分パメルが後ろへ倒れた。

 小男の額からは、つののように黒い金属が生えていた。さっき、ドロスが額をえぐられたのは、その釘に似た金属片のせいだった。

 大男が、腰から木の棒を引きぬく。


「きさまっ、死ねっ! ファイア!」


 しかし、何も起こらない。


「ど、どういうことだ!

 ファイア! 

 ファイア!」


 マサムネの手が、大男の突きだした手首に触れる。激痛が走り、大男は膝をついた。


「痛ええっ!」


 マサムネは、腕を抱えこんだ方の手首にも触れる。


「ぐわっ!」


 叫んだかしらの巨体が宙を舞い、床に敷いた毛皮の上に頭から落ちる。気を失ったようだ。

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