第4話 出合い


 私の名前はニーニャ。

 一年前から、ここ、北の『ゴミ箱』に住んでいる。


 その少年を目にした時、私の心臓は仔馬のように跳ねた。

 小山の上に立つ少年は、凛々しかった。

 足元がゴミの山にもかかわらず、彼の周囲だけ白く輝いているようだった。


 そして何より、その髪の色。

 それは漆黒で、夜の精が織りあげたようだった。

 そのような髪は、物語の中でしか知らない。

 幼いころ、お城で母様かあさまが読んでくれた童話に出てきた黒髪の勇者。

 彼は、自分がずっと憧れているその勇者を連想させた。

 

 だけど、今の私は姫ではない。

 汚れた服を着た貧民窟の少女だ。

 声を掛ける勇気もない。

 彼は私の前を通り、去っていく。

 このまま彼と会えなくなるのは嫌だ。

 どうしよう……。


 私の身体は勝手に動いて、彼が背負う袋に手を掛けていた。


 ◇


 俺は山の上に立っていた。

 どんな山かって? 

 ゴミの山だよ。


 城から俺を連れだした騎士は、あろうことか、俺をゴミの山に捨てたんだ。

 いくらなんでも、こりゃひどすぎないか?

 チャンスがあれば、何か「お礼」をしてあげよう。

 心のノートに、彼らに対する借りをきっちり書きこんでおく。


 しかし、これからどうしようか。騎士から持たされた袋には、この世界の服装らしきものが一式と、お金らしいコインが入った小さな革袋があった。着ている服は、元のジャージだ。靴は城でもらった革製のものだ。

 クラスメートに、ネット小説やラノベが大好きで、いつも俺に読後の感想を聞かせるヤツがいたっけ。彼が言うことに、もう少し耳を傾けてやればよかったなあ。いつも右から左へ聞き流してたからな。

 

 俺はゴミの山から、周囲を見わたした。遠くに丘があり、その上に尖塔がたくさん並んだ建物が見える。おそらく、あれが先ほどまでいた城だろう。

 城までは、高い壁が幾重にも続いている。大きな壁が一つか二つあればいいと思うんだが、なんでこんなに壁が多いのだろう? 

 また一つ、この世界の謎が増えた。


 振りかえると荒野が広がっており、その向こうには森が見えた。つまり、ここは、一番外の壁よりさらに外側ということか。

 俺は、石壁にこびりつくように並んだ粗末な小屋が並ぶ集落へむけ歩きだした。


 ◇


 騎士からもらった袋を肩にかつぎ、小屋が立ちならぶ地区に入った。

 しかし、何だろうね、この場所は。

 すごく汚いぞ。道のあちこちで、地面にそのまま人が横たわっているし、汚物のようなモノが、そこら中に落ちている。

 嗅覚が自慢の俺にとって、耐えられないほど悪臭に満ちた場所だ。

 

 その時、小さな手が後ろから肩にかついだ袋に伸びると、いきなりそれを引っぱった。気配が分かる俺の背後を取るとは片腹痛い。すぐにそいつを取りおさえる。背中のまん中を膝で踏み、地面におさえこむ。

 十二、三歳くらいだろうか、黒くすすで汚れた顔の中で、そこだけ綺麗な青い目が俺を睨んでいる。髪は茶色い布で包んであった。


「人のものを盗るのは感心しないな」


「……」


 俺は、その子の手首を古武術の技でめる。


「いたたたたっ! 

 放してっ!

 放してよっ!」


 さすがに今度は黙っていられなかったようだ。しかし、この声。こいつ、女か?


「名前を言え。そして、物を盗もうとしたことを謝れ」


 少女は、観念したように目を閉じた。


「ニーニャよ。あなたのものを盗ろうとして、ごめんなさい」


「俺は、マサムネ。君に頼みたいことがある」


「な、なによっ? いやらしいことじゃないでしょうね」


「お前は馬鹿か? 俺が、お前のようなお子様にムラムラするような変態に見えるか?」


「う、うるさいっ! 私はこう見えても、もう十六よっ!」


「えっ? 十六……」


 これには本当に驚いた。俺と一つしか違わないのか。

 だけど、よく考えてみと、地球と異世界とでは、一日の時間も違うだろうから、年齢を比べても意味がないか。

 

「ちなみに、この世界で結婚って何歳からできるんだ? 

 結婚ってのは男と女が一緒に暮らすことだぞ」


「ば、馬鹿にしないでよっ! 結婚ぐらい知ってるわっ! 

 結婚は成人してから。つまり、十五からよ。

 だけど、そんな質問するなんて、あんたやっぱり私を狙ってるんじゃない!」


 ふーん、ということは、人間の成長速度が変わらないとすると、大体地球と同じくらいの時間スケールかもしれない。


「俺はな、ちっちゃな子供に欲情しないたちなんだ。誘惑するなら他を当たってくれ」


「きーっ! く、悔しい! ちっちゃいですって!」


「それより、お前、俺の頼みを受けるのか受けないのか。受けるなら、かねをきちんと払うぞ」


「ふんっ! あんたなんか! 

 ……でも話だけは、聞いたげるわ」


「お前、自分の立場が分かってないだろう」


 俺はもう一度、手首を極めてやった。


「痛いっ! 痛いっ! 

 分かった、分かったから」


「分かればよろしい。

 俺が頼みたい仕事は、二つだ。

 一つは、この世界について教えてくれること。もう一つは、この場所の案内だ」


「わ、分かったわ。

 それでお金をもらえるなら。

 だけど、いくら払ってくれるの?」


「それも、これから決める」


「そんなっ! 

 最後に、やっぱり払わないって言うんじゃないの!」


「安心しろ、俺は今まで嘘をついたことが無いんだ」


「超嘘つきってことじゃないの!」


「ああ、正確じゃなかったな。

 女の子には、嘘をついたことが無いんだ」


「……」


 ニーニャは、なぜか少し顔が赤くなった。


「分かったわ。

 約束よ。必ず報酬を払ってね」


 こうして俺は、異世界の少女ニーニャと出会った。


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