第6話 襲撃と覚醒(下)

「やめろっ!」


  男がニーニャに向けて棒を振りおろす。俺は、その後に起こる光景を見る勇気がなく、目を閉じた。


「ど、どういうことだ! 火が出ねえ!」


  うろたえたような、男の声が聞こえる。目を開けると、ニーニャを狙った男が必死に棒を振りまわしている。

ニーニャは無事だった。


 俺はよく狙いをつけ、石つぶてを投げる。これは、古武術の技だ。石は男の鼻に当たった。こいつも声さえ上げられず、馬から落ちる。

 別の男が、俺に向かい馬を走らせる。どうやら、あの炎は、射程が短いらしい。俺は余裕をもって石つぶてで男を落とした。

 残る三人が、一斉に馬で駆けてくる。さすがに今度はダメかと思った時、ニーニャの叫び声がした。


「手をヤツらの方へ向けてっ! 早く!」


 俺は、反射的に、三人の男へ手を向けた。


「やめろって叫んで!」


 ニーニャの声が聞こえる。


「やめろ」


 一人の男が持つ棒の先からは、すでに炎がチロチロ出ている。


「違う! もっと本気で!」


 ニーニャが叫ぶ。


「やめろっ!」


 俺は、本気で叫んだ。そのとたん、男たちの棒から出かかっていた炎がかき消えた。


「な、なんだっ?! なんで炎が出ねんだっ!」


 俺は、棒を持つ手をバタつかせている男を一人ずつ石つぶてで仕とめていった。最後の一人は、棒を放りだし、許しを請おうとしたが、それより早く俺のつぶてが顔面にめりこんだ。

 古武術は命のやり取りをする技だからね、容赦がないんだよ。


 ◇


 森の中に逃げおおせた俺とニーニャは、木立で囲まれた倒木の上に並んで座っていた。


「あなたの能力って、たぶん能力を奪うものじゃないかしら」


 ニーニャが、形のいいまっ白な足から汚れを払いながらそう言った。


「能力を奪う?」


「どうやって奪っているのか分からないけど、今考えられるのは、二つね。

 一つは、 相手に向かって手を伸ばす。

 もう一つは、『やめろ』と叫ぶ。

 どっちが効いてるか、自覚はないの?」


「無いね」


「それにしても、あの石を投げる技といい、あなた、ただ者じゃないわね」


 俺は少し考え、自分の事情を彼女に話すことにした。


「俺、実は異世界から来たんだ」


「異世界?」


「ああ、俺が住んでいたのは、地球という星でね。

 そこにある日本と言う国から来た」


「星? 星ってなに?」


「ニーニャ、君は世界が球状だと知ってるかい?」


 俺は、ジャージのポケットに残っていた比較的丸い石を彼女に見せた。


「世界が球? 

 あははは! 

 あんたの冗談って変わってるわねえ。

 それだと下に住んでいる人は、世界から落ちちゃうじゃない」


 ニーニャは、俺が持っている丸石の下側を指さした。

 なるほど、この世界は、魔術が発達したせいで、自然科学の進歩が遅れているようだな。


「……そのことは、もう忘れてくれ。

 とにかく、俺は異世界から『召喚』とかいうのであの城に来たんだ」


 俺は、ここからは見えない城の方を指さした。


「ふーん、あの城にねえ。

 まあ、それは信じてあげてもいいわ」


「あの城の周りは、ああいった集落が沢山あるのかい?」


「ええ、さっきまでいた所は、城の北側だけど、東と西にもあるわね」


「南にはないの?」


「南には街への正門があるから、『ゴミ箱』は無いわね」


「ふーん、そうか。

 俺は、西か東の『ゴミ箱』へ行ってみるよ。

 君の仕事はここで終わりだ。

 報酬は、これでいいかい?」


 俺は、「食堂」でニーニャから教えてもらった、二番目に高額なコインを渡した。


「五百ディール!? これだともらい過ぎよ。

 百ディールでいいわ」


「いや、君は命を失いかけたんだ。

 それでも安いくらいだよ」


「……そうね。

 じゃ、もらっておく」


「ところで、森の中に、村とかないの?」


「無いわよ。

 あったとしても、馬賊の集落ね」


「馬賊?」


「さっき、『ゴミ箱』を襲った連中よ。

 今日のヤツらは特に最低! 

 なんでも燃やしちゃうんだから」


「国はヤツらを取りしまらないの?」


「無理ね。

 ヤツらの隠れ家は、森の中にあるから、いくらでも逃げられる。

 逃げられないほどの軍勢で取りかこめばいいんだけど、この国にそんな余裕はないわ」


「なんで?」


「隣の『モリアーナ帝国』が、攻めてきそうなの。

 軍事的にも向こうの方が数倍上だから、今、国の上層部は、焦っているはずよ。

 きっとそれもあって、異世界人を召喚しようとしたのね」 


 その時、鳥の鳴き声が一斉に聞こえた。カラスのような鳴き声だ。


「あっ、もうこんな時間か。

 あの鳥は、『夕告鳥ゆうつげどり』と言って、夕暮れを教えてくれる鳥なの。

 暗くなる前に、野営するわよ」


「でも、道具が無いよ」


「いい場所を知ってるの。ついて来て」


 俺はニーニャの後を追い、森の奥へと分けいった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る