第21話 招待


 次の日、寝坊した俺は、リーシャばあちゃんに叩きおこされた。そのとき彼女は、「よくやった」という感じでウインクしてきた。


 テーブルがある部屋に行くと、以前のように元気なニーニャがいた。ミーシャと世間話をして笑いあっている。

 俺は心底ほっとして、遅い朝食を食べた。


 ◇


 ニーニャと人探しに行く準備をしていると、扉がノックされた。ミーシャが戸口で対応している。彼らしからぬ丁寧な口調だ。

 ミーシャがこちらに手招きする。俺が戸口のところまで行くと、きちんとした身なりの男女が外に立っていた。


 男性は四十才くらいで口ヒゲをはやしている。女性は二十代で、メイド服と事務服が合わさったような格好をしていた。

 

「そのほうがマサムネか?」


 俺は黙っていた。いくら相手の身分が高かろうが、自分の名前も告げず相手の名前を聞こうとするやからに答える義理はない。

 黙っている俺にしびれをきらしたのか、男はやっと自分の素性を言った。


「ガルーダ男爵に執事として仕える、マッシュと申す。

 先日は男爵のご息女ドラレス様を救ってくれたそうだな。

 男爵が礼をなさりたいとおっしゃっられておる。

 即刻同道せよ」


 彼の肩ごしに馬車が見える。馬ではなくトナカイっぽい動物が引いてるが、ここは「馬車」としておこう。

 俺は当然のように、黙って扉を閉めた。

 それを見ていたミーシャが、呆れたような顔をする。


「いいのか、あれ? 相手は貴族だぞ」


 ミーシャが、太い親指を立て扉を指す。


「ああ、いいんだ」


 扉が激しく叩かれる。俺は仕方なく扉を開いた。


「貴様、失礼であろう! 

 平民の分際で貴族からの招待を聞きもせぬとは!」


「やかましい!

 こっちは他人様に間借りしている身なんだ。

 ここで騒がれると困るんだよ。

 ガルーダだかガンダーラだか知らないが、お前のような失礼なヤツとは二度と会わん」


 あろうことか、男は腰に差していたワンドを引きぬこうとした。この木の棒が「小型魔法杖ワンド」って言うのは、昨日ニーニャから教わって初めて知ったんだけどな。

 執事を名乗った男がワンドを振りかぶった瞬間、それが根元からぽきりと折れた。

 俺が右手の親指で鉄の玉をはじき、ワンドにぶつけからだ。

 古武術の指弾という技だ。


「な、なんだ!?」


「いいか、礼に来るなら本人が来い。

 貴族なのに、その程度の礼儀も知らんのか?

 というより、お前んとこ本当に貴族か?」


 それを聞いた執事はまっ青になり、ブルブル震えていたが、やがてもう一人の女性を連れ、馬車で帰っていった。

 メイドっぽい女性が、去り際にこちらを見てニッコリ笑ったのが印象に残った。


 ◇


 ニーニャと人探しをしてから、日暮れにリーシャばあちゃんの家に帰ってくると、また、例の馬車が停まっていた。

 俺たちが近づくと、例の執事が御者台から降りてきて、客車のドアを開ける。中から、やせぎすの背が高い男が降りてきた。

 戦隊もののヒーローが変身した時のような、派手な青い服を着ている。

 男は俺たちに近づいてきた。


「マサムネさんですかな?」


 耳障りな、少し甲高い声で男が尋ねた。


「ああ、そうだが」


「ガルーダと言います。

 今朝は、執事が失礼しました。

 娘の事でお礼など差しあげたいので、どうか家にいらっしてください」


「そんなものいらない」


「そこをなんとか。

 お嬢さんは、娘が帰ったときご一緒された方かな?」


 ガルーダが、俺の後ろで様子を見ていたニーニャに話しかける。


「ええ、そうですが」


「あなたも、ぜひご一緒に」


「だから、礼はいらないと言ってるだろう」


「マサムネ、私、行きたいわ。

 お願いしてもいいかしら?」


「ニーニャ?」


 彼女は俺と目を合わせると、意味ありげに微笑む。


「分かりました。招待を受けましょう」


「では、明後日夕刻にお迎えにあがります」


「分かりました」


 こうして俺とニーニャは、ガルーダ男爵からの招待を受けることになった。

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