第22話 偽りの感謝(上) 


 ガルーダ男爵から招待された日、俺はこの二日間で準備したものを確認すると、それらをカバンに入れ、ハーフコートのような灰色の服を羽織った。

 この服を見つけるまでが大変だった。結局、西の『ゴミ箱』まで足を伸ばし、やっと手に入れた。


 男爵の迎えは、約束通り夕刻に来た。この前、執事と一緒に訪れた女性だった。彼女は俺とニーニャを馬車に案内すると、御者に合図した。

 馬車は思ったよりゆっくり走り、城壁の南へと向かった。城門は、かなり大きなものだった。城から追いだされたときにも通ったはずだが、その時は周囲を見ている余裕が無かったからな。 


 馬車は、外壁と内壁の間を進んでいく。壁の間は、四、五十メートルほどで、両側の壁沿いに家が並んでいる。庭がある家も多い。『ゴミ箱』とは大違いだ。


 ニーニャによると、この地域は『第五区』と言われているそうだ。つまり、城を中心にしてドーナツ型の土地が、五つあることになる。道理でこの街には塀がたくさんあるわけだ。

 客車の窓からニーニャがきょろきょろ辺りを見まわしているのを見て、なぜ彼女がここに来るのを頼んできたか、やっと理解した。彼女は、第五区で人探しをしたかったのだ。


 トナカイのような動物が二頭で引く馬車は、間もなくある屋敷の前で停まった。屋敷は、第五区で見た中でも、特に立派なものだった。

 馬車の中では一言もしゃべらなかった案内役の若い女性が、俺たちを屋敷の中に招きいれる。入ったところは小さなホールになっており、目の前に二階へ続く階段があった。


 俺とニーニャは左側の廊下を進み、ある部屋の前まで来た。女性がノックすると、扉の向こうからガルーダの声が聞こえた。

 

「どうぞ」


 女性が扉を開くと、茶色を基調とした落ちついた色合いの部屋が広がっていた。学校の教室よりやや狭いほどの部屋には、長いテーブルが置かれている。テーブルの奥に、ガルーダ男爵が座っていた。


「今日は、お越しいただき、ありがとうございます。

 当家のもてなしを受けてください」


 例の甲高い声でそう言うと、テーブルの上に置いてあった、ガラスの容器を振った。風鈴の音に似た音がすると、奥の扉が開き、ワゴンに載った料理が運びこまれる。 


 食事が始まると男爵は饒舌だった。世間話の合間に、俺たちのことをいろいろ聞いてくる。とりわけ、洞窟であったことと、その後数日のことについて、詳しく尋ねてきた。

 俺は適当に返事をしておいた。

 最後に肝心な事を聞いてみる。


「娘さんのご様子は、その後いかがです?」


 俺が何の脈絡もないタイミングで尋ねたせいか、男爵の仮面が一瞬はがれた。そこに見えたのは、苦悩と、もう一つ、ある感情だった。


 ◇


 俺たち二人は、二階にある、ベッドが二つ置かれた寝室に通された。

 俺がベッドに腰掛けると、すぐにニーニャが隣に座る。俺の腕をつかむと、目を閉じ、少し上を向いた。

 彼女の耳に口を寄せ、ささやく。


「ニーニャ、この部屋は、のぞかれてるぞ」


 それを聞くと、ニーニャは一瞬赤くなり、少し俺から離れたが、すぐにまた俺にピタリと寄りそった。彼女の甘く切ない香りが、俺の心をくすぐる。


「見せつけてやればいい」


 耳元に甘い息と一緒に吹きかけられたニーニャの言葉に、俺は理性を失いかける。

 彼女をベッドに押したおすと、まず形のよい額にキスをする。眉間、鼻筋と唇で触れていき、唇同士をそっと合わせる。

 そして、壁にかけてある絵画から、俺の背中がニーニャの身体を隠すような姿勢をとる。


 小さな頃から、じいちゃんに鍛えられた感覚で、絵の後ろにいるヤツの気配がはっきりと感じられた。俺には、隠れている者が女性であることまで感知できた。


 右手だけを使い、ニーニャの服をはだけさせていく。おへその周りから始めて、滑らかな彼女の肌を唇でなぞっていく。「お清め」の時、記録した事を頭の中にあるニーニャ=ノートから読みだし、それを参考に強弱をつけていく。


「マ、マサムネ、こ、怖い……」


 ニーニャが目を固く閉じ、弱々しい震え声を上げる。誰かに見られているという状況が、彼女をいつもより高ぶらせているようだ。

 

 壁の絵から彼女の身体を隠せる範囲で、唇と手を使い彼女を愛撫しつづけた。

 ニーニャは、シーツをきゅっと口にくわえ、何度も背中を反らせ、体を震わせる。 

 

 最後にいやいやをするように激しく左右に顔を振った後、美しいあごをくいっと上げ、動かなくなった。

 壁の向こうの気配は、ことさらハッキリと感じられた。というより、荒い息づかいが聞こえてくる。これじゃ、隠れていることにならないんじゃないか。


 そのまま眠りに落ちたニーニャをことさら優しく撫でてやった。それが終わる頃には、壁の向こうの気配は消えていた。

 ニーニャに毛布をかけ、俺もそのまま寝る姿勢になった。

 食事の席で、男爵がチラリと見せた表情が頭に浮かぶ。

 そこにあったのは、紛れもなく殺意だった。

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