第46話ヤンガッサの戦い6
サマンサがアルフレドを蹴落として、再び土煙が舞った時、バルトニカ王国の戦士たちの士気は最高に高まっていた。
口々に、サマンサの名前が連呼されている。
エウリスナとムプンイル、そしてプトゼンサすら例外ではなかった。
ケラザ将軍とジーンオルミ将軍の仇だけではない。
この戦いの場で、多くの戦士が躯となった。それはたった一人、アルフレドによって引き起こされたもの。
その圧倒的な力を前にして、死を意識してない者はいなかっただろう。
そのアルフレドが、サマンサによって倒されている。
圧倒的な暴力。無慈悲な力を前にして、己の無力をかみしめていた戦士たちにとって、サマンサはまさに勇者であるだけではなく、英雄となっていた。
いつまでも鳴りやまぬサマンサコール。
だが、当のサマンサだけは一人冷めた目をして穴の底を見つめていた。
「ひょう、どうしたんっすか、サマンサ? このままの勢いで、予定通り敵の裏をかいて挟撃するっすよ。あの子の情報なら、まだ敵には知られて無いっす。早くするっすよ、サマンサ。今、編成をプトゼンサに押し付け……、任せてるっすよ。ひょう、聞いてるんっすか?」
「べあ、エウリスナは北西から、あたしは北東から挟撃するくま。サマンサはどっちにくるくま? べあ? 聞く耳ないくまね? ちょっとひっぱろうくま!」
その様子が気になったのだろう。
エウリスナとムプンイルがサマンサの両脇で話しかけていた。
しかし、サマンサは相変わらずじっと穴の底を見つめている。
業を煮やしたムプンイル。サマンサの耳を引っ張って、無理やり話を聞かせようとしていた。
「うにゃ!? にゃにするんにゃ! 痛いにゃ! あっ…………。 にゃんの事にゃん?」
急な出来事に驚いたのだろう、サマンサはムプンイルの手を払いのける。
しかし、相手がムプンイルであることに気が付くと、まるで何事もなかったようにとぼけはじめた。
「べあ、サマンサの年長者に対する態度がなってないくま。あとで言いつけるくま」
払われた手をさすりながら、ムプンイルは口をとがらせている。
「うにゃ!? 誰にいうのにゃ? にゃ、まさか、トトチャおばちゃんじゃにゃいにゃ?」
すがるような瞳を潤ませながら、サマンサはムプンイルにしなだれていた。
「ひょう、そのへんで終わりっすよ! で、どうしたんすか?」
「うにゃ? いわないにゃ?」
「サマンサが言わないなら、いうっすよ? 言ったら言わないっす」
「…………?」
エウリスナの提案に、小首を傾げるサマンサ。
もはやそこにかつての英雄は存在しなかった。
「べあ、サマンサが変だったくま。その理由を言うくまよ。そしたら、さっきのことは無かったことにするくま。今から進軍を開始するくま。その前に聞いておきたいくま」
プトゼンサの準備完了の声を聴き、ムプンイルも時間が無いと思ったのだろう。それまでの態度を改めて、サマンサから聞き出そうとしていた。
「いわないにゃ? だったら言うにゃ! アルフレドを倒したのに、力がやってこにゃいにゃ。時間がかかるのかどうか、しらにゃいにゃ。だから、まってるにゃ。でも、なんだか手ごたえがにゃかった気もするにゃ。でも、あれは死んでるにゃ。どうもおかしいのにゃ……」
自らの疑問を口にして、ますます小首を傾げるサマンサ。それは、片側だけでなく、左右の動きに発展していった。
まるでメトロノームの動きのように、左右に首を振っている。
「ひょう、わかったっす! 私も知らないっすから、サマンサはおとなしく待ってればいいっす。私らは進軍して敵を壊滅させてくるっす。後でまた教えるっすよ!」
「べあ、サマンサはもう十分くま。あとはあたしらが活躍くま。サマンサは待つくまよ」
エウリスナとムプンイルは、特にそれは問題ではないと判断したのだろう。
しかも、
――だから、自分たちは次の行動に出ることにしたに違いない。
プトゼンサの待っているところに急いで戻るエウリスナとムプンイル。
やがて勝利の雄叫びをあげながら、それぞれの方向に駆けだしていった。
その後を二つに分かれた軍団が追いかける。
やがて一人取り残されたように佇むプトゼンサ。だが、相変わらず死線を越えようとはしなかった。
***
「うにゃ! やっぱりおかしいにゃ! ていうか、たいくつにゃ!」
いったいどのくらい時間がたったことだろう。
大穴の淵で膝を抱えて待っていたサマンサは、その場に色々な絵を描いて待っていた。
よくわからない絵がサマンサの手の届く範囲に描かれている。
それが何の絵かわかるのは、おそらくサマンサだけだろう。
しかし立ち上がったサマンサは、それらの絵も足で蹴り消していく。
よほどつまらないのだろう。うろうろと穴の周りを歩き始めていた。
「なんにゃ? 変にゃ……、雲にゃ?」
大穴の半周をまわった時、サマンサは北の空に見慣れぬ紫の雲を見ていた。いつからそこにあったのかサマンサにはわからないだろう。
今まで下ばかり見ていたサマンサには決して見えない。しかもその空は、サマンサが背にしていた空だった。
その紫の雲は下から上へとまっすぐに伸びている。それが
――もっとよく見ようとサマンサが目を細めた瞬間、突然不思議なものがこの空と大地を駆け抜けていた。
「にゃんにゃ! 頭が……痛むにゃ! かえ……る……にゃ! おう……と……にゃ」
召喚呪のもたらす、呪いの言葉。
王の危機を知らせる召喚呪の力が、この場に留まっていることを是としない。
帰れ、帰れとこだまする、叫びのような言葉。それは勇者の頭に、割れるような頭痛として襲ってくる。
片手で頭を押さえたサマンサは、まさにその状態にあるのだろう。やがて、その状態を解決するために、大穴の端から反対側に跳躍していた。
「待たせたな、今楽にしてやろう」
恐らく、サマンサにはその言葉は届かなかったに違いない。大穴の傾斜部分――ちょうどさっきまでサマンサが座っていたあたりの下方――から飛び出した人影は、サマンサと交差した瞬間にそう告げていた。
***
首を飛ばされたサマンサの体から光が飛び出してくる。
それは、あるべきところに帰っていくかのように、聖剣を鞘に戻したアルフレドの体の中に吸い込まれていった。
「なるほど、これが【性質変換】の力か……。面白い。これなら……」
満足そうに頷くアルフレド。そこで何かを思い出したかのように、大穴の中から飛び出していた。
飛行靴の効果で、空中に浮遊していたアルフレドは、バルトニカ王国王都ロメニタムの方角に倒れている銀色の髪を見つけていた。
――瞬時に駆け寄るアルフレド。
瞬く間についたその時、すでに聖剣を抜いて剣先を向けていた。
「さて、死線を越えてないのは知っている。プトゼンサ。お前はなぜか一度として死線を越えることは無かった。言え、何を考えている。先に言っておくが、お前の未来は半分の確率で死を迎えていた」
「はは、ご冗談ですね。わたくしはあなた様の忠実な僕になるべく――」
うつぶせで倒れているプトゼンサ。
召喚呪の影響で走り出したが、国王の死と共に消えた召喚呪がいきなりすぎたためにバランスを崩したのだろう。
その顔の先に、聖剣が振り下ろされた。
「質問した内容に答えろ、さもなくば――」
「本当です! 信じてください!」
国王殺害と同時に、召喚呪は帰還を命じる。
しかし、殺害された後に生き残った勇者には一定期間の罰が与えられる。それが、召喚呪のもたらす最後の呪い。
この呪いにより、勇者の力は大きく削がれる。
それは、国王を守れなかった者へ、殉死を指示しているとも言われていた。
今まさに、プトゼンサはそのただなかにいる。もはや起きることもかなわず、大地に伏したままだった。
だから、プトゼンサに出来ることは、己の誠意を伝えることだけなのだろう。必死の訴えをアルフレドに続けていた。
――自分はライラに協力をしていたものだということを
「その話、信じる確証がない。お前の全てを見ていたわけではないからな……」
アルフレドはただそう言って、聖剣を鞘に納めていた。
その顔は、これからプトゼンサが言う言葉をすでに知って納得したかのように見える。
それを肯定するかのように、プトゼンサの口は開かれていた。
「わたくしは、この国の賢者の水晶球を所持しております。そして、わたくしの命と共に、アルフレド様に捧げます」
その言葉を待つまでもなく、アルフレドはプトゼンサの頭に手を置いていた。
「お前の目的は知らん。ただ、お前の未来は、お前のものだ。俺と共に歩むことを選んだのなら、それは俺の未来でもある」
そう言って立ち上がると、上空で舞う
優雅に降り立つ
「アルフレド様、まいど――」
「グレイシアにプトゼンサの保護を伝えろ。『俺たちの新しい仲間だ。弱体化の呪いで一時的に衰弱している。お前は十分に働いた。あとの右翼狩りは俺がやる。新しい力を慣らしておかねばならないからな。一緒にいるメイルと共にここで待て。じきに戻る』とな。それと、
アルフレドの言葉に、一瞬大きく羽を広げた
感慨無量という感じだろう。目を閉じ、天を仰いでいた。
「よし、いくぞ! プトゼンサ。もう気を失ってもいいぞ」
馬を呼び、馬上の人となったアルフレドは優しくそう告げたあと、一人平原を駆けていく。
「あー! おいてくんかいな! まってーな! 知ってるんかいな! そら、知ってるやろなぁ……」
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