第43話幕間(バルトニカ王国王都ロメニタム)

バルトニカ王国の王都ロメニタム。


その街はどこか日本の古都を思い出さしてくれる街並みだった。すべてが木造建築。

そしてその王城であるタニム城は、姫路城のような風格を備えていた。


その城の中を黒い影が三つ忍び込んでいく。途中様々な場所で、何かの仕掛けを施しながら、どんどん奥まで進んでいく。


三人の姿を、まだ誰も気が付いていない。それでも三人は慎重に事を運んでいるようだった。


様々な罠や、警報、警護をかいくぐり、ついに国王の私室にまでたどり着いた一つの影。

おそらく、他の影も自らの標的の元に辿りついているに違いない。


そして、まだそこに国王の姿はなかった。


しかし、アルフレドにはここで待つように言われているのだろう。その顔は見えないが、微動だにしないその姿。その態度こそ、絶対の忠誠の証となるに違いない。


――静かに、その時が来るのを待っている。

そんな気持ちが、その態度からは読み取れた。


残りの二つの影もそれぞれの標的を葬るべく、それぞれの私室で息をひそめて待っていることだろう。


――その時、一番外側の城門が大きな音を立てて崩れていた。

その瞬間、白全体を覆っていた不思議な力はものの見事に消え去っていく。


次の瞬間、城門のすぐ横には、巨大な魔法陣が展開されていた。

その中から、次々とバラバラな装備をつけた者達が現れ、城内に進んでいた。


「いけ! 聖騎士たち! 我らはここを新たな拠点とするのだ! 破壊は最小限にとどめよ! だが、刃向かうものには容赦するな!」

マリアの号令一下、城内に突入する聖騎士団の騎士達。

いずれもが聖騎士の鎧こそ身につけてはいないが、それぞれ魔法を付与された一級品を装備している。


「城内にライラがいた場合は私の元につれてこい。決して殺してはならぬ。それはアルフレド様のご意志だ!」

自らも城内に入り、迫りくる敵兵を次々となぎ倒すマリア。おもむろに何かを確認すると、簡易式の狼煙のろし台を作り上げていた。


――そのまま狼煙をあげるマリアは、迫りくる敵を、一瞬で葬り去っている。


紫色の煙が、そのまま空に吸い込まれていくように立ち上る。

それを確認したのだろう。つぎつぎと連鎖するかのように、イタコラム王国の方角に向けて同じ煙が立ち上っていた。


「さあ、アルフレド様。全ての準備は整いました。信じています。アルフレド様の未来を!」

次々とあふれるように出てくる敵を瞬殺し、両手を重ね祈り続けるマリア。

その視線は、遠く二百五十キロ離れたヤンガッサ平原に向けられていた。



***



「いったぁーい! もう、なんなのよ! 怪我しちゃうじゃない! え!? なに、なに、なに? これは一体どういう事? ねえ、マリア。なぜアンタがここにいるの? おかしいよ、絶対! 釣りは? アルフレド様は? ヤンガッサの戦いはイタコラム王国が勝っちゃったの? 時間的におかしいわよ? ねえ、マリア、ねえってば!」

後ろ手で縛られ、投げ出されるようにマリアの前に連れられたライラ・ライ。

こうなった理由も分からないが、目の前にマリアがいることが信じられないようだった。


「ライラ・ライ、お前は非常に役に立った。アルフレド様は、大変満足されている」

冷ややかに見下ろしながら、マリアはライラに話しかけていた。


「えへっ、それほどでもぉ」

「調子に乗るな、ライラ・ライ。本来なら、アルフレド様を罠にかけようとしただけで万死に値する。アルフレド様がお前を殺すなと命じられたから、殺さないだけだ!」

「あれ? もしかしてアタシ気に入られちゃった? まあ、これだけの乙女ですものね。絶対、いつかはそうなると思ってたわ。すました顔して、アルフレド様も男だったってわけね! このアタシの魅力に虜になっちゃったんだ! ああ、アタシって罪な女。それで、わざわざマリアを使って奪いに行かせたんだぁ! くぅ! どうよ、マリア! いやぁ、そこまで思われるって知らなかったわ! でも、どうせならアルフレド様の手で奪い去って欲しかったわ。でも、マリアを使ったってのがみそなのかな? これで序列が明らかだもんね! 幸せだわ、アタシ! どうよ、マリア! どうよ!」

縛られている立場を忘れたかのように、マリアにドヤ顔を見せつけるライラ・ライ。


その言動に、マリアの中で何かが切れる音がした。


座った目でスラリと自らの刀を抜くと、ライラの顔近くに突き立てる。小さく悲鳴を上げたライラを無視して、そのままライラを黒い影を漂わせながら見下していた。


「そうだな。殺すなとは命じられた。だが、傷つけるなとは命じられてはいない……。そうか、不可抗力という言葉を思い出した」

その雰囲気を、ライラは敏感に感じ取ったのだろう。自由の効かない体のまま、マリアに懇願し続ける。


「うそ! 冗談! うそです! マリア様! どうか、許して! 痛いのは! 嫌なの!」

逃げようと必死にもがくライラの叫び受けながら、ゆっくりと足元に回るマリア。

何をするわけでもなく、そのままライラを眺めていた。


――それが余計に恐ろしかったのだろう。自らの視界に入れるように、ライラは自由の効かない体を何とか動かし、そして懇願し続けていた。


「ふっ、聞く耳は持たん。地面に伏せているのだ。もう靴はいらないだろう……。そうだな、脱がせてやろう。あっ、間違った。おや? 手が滑ったな。あっ、また手が滑った。すまんなライラ・ライ。どうも、私は不器用らしい」

刀で靴を器用に脱がし、間違いを装いつつ、マリアはライラの足の指を切り落としていた。

その痛みから逃れようと、ライラは必死に這いつくばって逃げようとしていた。


「痛い! 痛い! ひー! マリア! マリア様! もう言いません。もうしません! アルフレド様に失礼なことは言いません! だから! お願い!」

必死な形相で懇願し続けるライラをよそに、氷のほほえみを浮かべたマリア。逃げるライラを追いかけつつ、ますますライラの体を傷つけていく。


「その状態でも治療は可能か? 早く治せ、止血しないと死ぬぞ? ああ、そうなってはだめだ。私がアルフレド様の命令に背くことになってしまう。ならば、私の秘薬で治してやろう」

自らの魔法の袋から薬を取出し、ライラの傷にかけるマリア。


その瞬間、ライラの傷は嘘のように治っていた。


「よく吠える犬は、しつけが必要だ。二度とアルフレド様に対してふざけたことを言わぬよう、その体にしっかりと教え込んでやる。お前はアルフレド様のご慈悲で生かされてるに過ぎない。その事をいつでも思い出せるように、しっかりとその心に刻んでやる。安心しろ、お前の自慢の体はすぐ綺麗になるからな」

氷の微笑をたたえたまま、再びライラの指を切り落とすマリア。

悲鳴を上げて逃げようとするライラ。

それが繰り返されている間、黒い影を落としたマリアの顔から、氷のほほ笑みが消えることはなかった。


マリアはそれに没頭しているかと思いきや、周囲の状況変化に敏感に反応していた。


「マリア様――」

「ラウラ……とアドリアか。どうした?」

マリアの背後で、黒マントの少女が二人控えていた。フードを目深にかぶっているため、その姿は相変わらずわからない。


「はい。まもなく、狼煙のろしも伝わりましょう。中継役のトリスマク殿から、カウント調整も来ております。こちらも、向こうのDJディージェイナンバーズに同期させる準備は整いました」

静かに告げる言葉に、マリアの顔も雰囲気もいつもの状態に戻っていた。


「私としたことが……。まだまだ、精神の修行が足りないらしい。アルフレド様を見習わなくては……。よし、ラウラ。カウント調整後、ハン・メイ・シスカに合図を送れ。王族の主だった者が、そろそろ各私室に戻るころだろう。そこに、抜け道があるのだから当然だが、アルフレド様が見た未来だ。逃すなよ。今回の戦い、第一級の功績は、ハン・メイ・シスカの三名で決まりだ。だが、私達も負けてはいられない。グレイシアはあの地で無双の働きをするだろう。生肉のゴーレムフレッシュゴーレム六百体の作成で聖騎士団の偽装を整えた功績。そしてヤンガッサ平原の戦闘による功績か……。正直、グレイシアには功績をとられっぱなしだ。せめて私達はこの地を平定し、アルフレド様に安心して頂くのだ。まずはテラス教団を押さえろ、アドリア。この度の騒動は『テラス教の聖女エレニア様がこの地に降臨するための統治』だと伝えろ。そして『聖騎士団は聖女エレニア様の守護者』だともな。いざとなったら、ライラに言わせる。そのために、アルフレド様はこの女を生かしているのだからな。いけ!」

足元で気絶しているライラをよそに、二人に命令するマリア。


その顔は、いつも通りのマリアに戻っていた。


「さて、エレニア様はうまくいっただろうか?」

ふと見せたマリアの寂しそうな横顔。その顔にどんな感情が隠されているのかは知る由もなかった。

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