第42話ヤンガッサの戦い3
「ひょう、つまんないっすね。ちゃんと見えないっすね! ムプンイル。見えてるっすか?」
「べあ? 止まった時は見えるくま。でも、それ以外はダメくま。音だけくま」
「お疲れ様でした。ご無事で何よりです」
エウリスナとムプンイルのやや後ろに、銀髪の少女が歩いてきた。
二人とは対照的に、その髪に似合った白い肌が所々見えるような部分鎧に身を包んでいた。
剣は腰に差したまま、その手には短めの杖を持っている。
戦士のようであり、魔術師のようでもある。いわゆる魔法戦士の出で立ち。
だが、通常の魔法戦士は剣をそのまま魔法の発動媒体にするものが多いが、この少女はそうではないようだった。
エウリスナとムプンイルの見つめる先を、少女は追いかけるように見つめている。
アルフレドとサマンサの戦いは、あまりに早すぎて誰の目にも映っていない。ただ、その衝突の音と衝撃波は、誰の目にも明らかだった。
そのたびに、二人の戦いの場を中心として、爆風に似たすさまじい風が巻き起こる。
誰もが思わず目をそむけるような風の中、エウリスナとムプンイルを除いては、この銀髪の少女だけがこの戦いを見守っているように見えた。
肩まで伸びた銀髪が、そのたびに風をうけてなびいている。その深い青色の瞳は、まるで何かを憂いているようだった。
「お二人でもそうなのですね。わたくしにはさっぱりです」
その様子から戦いの行方を見守っているように見えたが、全く見えていないようだった。
「ひょう、突然っすね! プトゼンサ。今までただの観客だったっすのに」
「べあ、戦わないクマはただのクマくま。もうお話してあげないくま」
ムプンイルにそっぽを向かれた少女は、慌ててなだめにはいっていた。
「わたくしはお二人のように早くありません。それに、どちらかというと魔術師よりなのですよ? お二人の連携の邪魔をしないように、お二人に向けて魔法をかけていましたよ? 加速と守りの魔法は感じてくれてないのですか? 一応ほら、攻撃力上昇もしてたり……。ねえ、エウリスナさんは知っていますよね? アルフレドには怖くて魔法を使っていませんが、お二人の援護はしていましたって!」
そのあまりの慌てように、周りの獣人の戦士からは苦笑が漏れ聞こえていた。
「ひょう、相変わらず、特別な日の勇者が台無しっす。二年に一度しか召喚されない希少な存在。獣人の勇者じゃないにしても、それだけで十分価値のある人間なんっすよ? それに、勇者の実力で考えても、この国で四番目に強いっす! でも、その性格と魔法が好きな魔法戦士ならしかたないっすね! もっとも、あんな戦いを目の前にしたらっすね……。そんな事も、どっかいくっすよ!」
「べあ、次元がちがうくま。サマンサも、あたしたちとは真剣に戦ってなかったくま。ショックくま。一番若い転生者で、最終戦闘形態をこの間おしえてあげたばかりなのに、やっぱり
「そうですね。あの人あたま悪いけど、その強さは本物ですね。やっぱり
プトゼンサの何気ない言葉に、エウリスナとムプンイル振り返ってその顔をまじまじと見つめていた。
「なっ、なにか変な事いいました?」
動揺したのか、一歩後ろにさがるプトゼンサ。その姿を見て、エウリスナは頭を横に振りながら、小さく息を吐いていた。
――だが、次の瞬間。エウリスナの顔には、意地悪が舞い降りていた。
「ひょう、いうっす! 後でサマンサに言うっす。ひょう頭悪いって言ってたって言うっす!」
「べあ、頭悪いのがすごすぎる……くま? この戦いみて、そんな事言うくま……。命知らずくまね」
同調し、意地悪そうな笑みを浮かべるムプンイル。
その意味を完全に誤解されたプトゼンサは、慌てて弁解に走っていた。
「そんなこと、言ってないです! 頭悪い…………、とは確かに言い……ましたけど! 『超頭悪い』とか、『頭悪いのがすごすぎる』とか言ってないです!」
必死に自らを擁護するプトゼンサ。
しかし、その言葉を捕まえたエウリスナとムプンイルの、いいおもちゃとなっていた。
「また言ったっす」
「いったくま」
言葉を失い、伝わらない言葉を奏でるプトゼンサ。
それを見て、エウリスナとムプンイルがますます目を細めていく。
もはやどうしようもなくなったのだろう。
見えない戦いに暇を持て余した二人は、その矛先をプトゼンサにして退屈を紛らわせているに違いない。
それを真に受けるプトゼンサは、おそらくこれまでもそうだったのだろう。
「もう! いつもこうです!」
プトゼンサの絶叫をかき消すように、大地を震わす大きな音が鳴り響いていた。
その音の出どころが、瞬時に衆目を集めいていく。
そこには、大穴の淵に立ったサマンサが穴の底を見つめていた。
「にゃあ、つよかったにゃん! さすがだにゃん! 三回も【性質変換】を使って、ムウじいちゃんの言う通り、空気と呼吸を……、死ななかった? えっと……、アンタがはじめてにゃん。あれ? ん……? ちょっとまつにゃん。なんかちがうにゃん……。えっと、えっと……。…………。うにゃにゃ! もういいにゃん! ちょっと見るにゃん!」
剣先を向けてビシッと言ったのはいいが、何か自分で間違いに気づいたのだろう。
急になかったことにするように、アルフレドに向けてやり直しを要求していた。
しかも、それは許可を求めていたのではない。
大剣を大地に突き刺し、メモを取り出すサマンサ。
アルフレドの返事を待たずに言い直すつもりがありありとうかがえる。しかも、今度はメモをみながらだった。
「にゃあ、つよかった……にゃん。さすがだ……にゃん。えっと、【性質変換】のいりょくをとくとあじわったか……にゃん。おぬしのまわりのくうきからこきゅうできるというせいしつをなくした……にゃん。……? かっこ? ここでけんさきをアルフレドにむける……にゃん。うにゃ! ここだったにゃん! だからしっくりこなかったにゃん!」
大剣を取り、剣先を穴の底に向けたサマンサ。
でもそのままでは読みづらかったのだろう。再び大剣を大地にさし、メモを真剣に読み始めた。
「おもいしったか、このしんりゃくしゃ……にゃん。アタシのめのくろいうちは…………。ムウじいちゃんもボケたにゃん。アタシの目は金色にゃん。もういいにゃん。これ、ながいにゃん! こんなとぼけたのを覚るのが悪いにゃん! 大体、相手にとどめを刺すときの礼儀だにゃんて、おかしいにゃん。普通、あっという間に死んじゃうにゃん」
メモをくしゃくしゃにして放り投げたサマンサ。再び視線を穴の底に向けたあと、何やら考え込んでいた。
「ん? なんだか、変わったかにゃん?」
何か考え込んでいたが、それも飽きたのか再び大剣を手に取り、穴の底に向けていた。
「まあ、死にかけてるからそうなのかもにゃん。もう、細かいことは気にしないにゃん。でも、アンタはすぐには死ななかったにゃん。さすがにゃん。速さもびっくりだったにゃん。でも、相手が悪かったにゃん。アタシは
大穴の淵に立ち、大剣を天高く掲げるサマンサ。
その姿に、獣人族の戦士たちが、勝利の雄叫びをあげていた。
その雄叫びは雄叫びを呼び、ついにこの大地を震わせるほど鳴り響いていた。
「にゃん? なんだ、にゃん?」
そのあまりの熱狂ぶりに、サマンサはつい振り返っていた。
「危ない、サマンサ!」
その雄叫びの中、エウリスナの悲鳴に似た声がこだまする。
――それは、ほんのわずかな瞬間だった。
大穴から大量の土砂が噴き出したかと思うと、その土煙の中を何かが突き抜けるように飛び出ていいた。
それは聖騎士の鎧に大剣を持ったもの。
大きく穴から飛びあがったアルフレドの大剣が、後ろを振り返ったサマンサの無防備な背中を狙っていた。
舞い散る土煙で、視界が悪くなっている。
しかし、サマンサは全く慌てるそぶりは見せていなかった。
やけに高く飛び上がった理由は定かではない。
だが、次の瞬間。確実にサマンサを狙っているかのように、その剣先をつきだし飛び込んできた。
しかも、土にまみれ、汚れた姿。
それはかつてのアルフレドからは想像できないものだった。
動きも精細さを欠いている。
疲労も蓄積していたのだろう。英雄の指輪の効果にも、ひょっとすると限界があったのかもしれない。
まるで別人のように思える姿には、圧倒する威圧感は皆無だった。
「うにゃ、コイツはもう死んでるも同然にゃ。息できなくなってたのだから、当然にゃ。苦しいにゃ。でも、獲物はやっぱりこうでにゃいと。元気に動いてるのを狩る方が楽しいにゃ!」
瞬時に振り返ったサマンサ。
その双眸に宿るは獲物を狩る者の輝き。
狙いを定めているのだろう。ぺろりと舌でなめていた。
次の瞬間、一瞬で同じ高さまで飛び上がり、易々とアルフレドの大剣をかわすサマンサ。しかも、その一瞬で自らの大剣をアルフレドの胸に深く、深く沈め込んでいた。
やがてその剣先はアルフレドを突き抜け、再びこの世界に現れる。
アルフレドの聖騎士の鎧からは血が吹きだし、鎧もその色に染まっていく。
サマンサの方が勢いが強かったのだろう。いつの間にか上下の位置が逆転して落ち始めている。
「最後は自分のほった穴で眠るのにゃ!」
空中でそのままアルフレドの上に乗ったサマンサは、方足でおもいっきりアルフレドを蹴り飛ばす。
その瞬間、大剣を引き抜くサマンサ。
そしてアルフレドの体は、すさまじい勢いのまま、再び大穴の底に沈んでいた。
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