第41話ヤンガッサの戦い2
「よくもその顔でよく人前に現れたものだな、サマンサ・ロメル。【夢予知】で様々な未来を見てきた。お前の顔はその都度変化して、いつも違っていた。サマンサ・ロメルよ。お前ほど気まぐれで、うつろいやすい者はいないのかもしれない。でも、今はその中でも最悪だ。お前のその頭の中身はもう手遅れだが、その顔はまだ何とかなる。まだ若干時間はある。仕切り直しだ、顔を洗って出直してこい」
打ち下ろした大剣にさらに力を込めているのだろう。一瞬押されたかのように沈むサマンサ。
だが、さらに力を込めたのか。それすら押し返す勢いをもって、サマンサはアルフレドに文句で返していた。
「顔を洗ったらダメにゃん。アタシが顔を洗ったら洗濯物が台無しになるにゃん。この天気だと、たぶんトトチャおばちゃんが布団を干すにゃん。雨が降ったらトトチャおばちゃんに怒られるにゃん」
さらに力を込めるサマンサ。だが、それ以上はびくともしなかった。
単純に力の差があるのか、上から押し込んでいるからかどうかわからないが、力比べはアルフレドの方に軍配が上がっているようだった。
だが、次の瞬間、「うにゃぁ!」という愛くるしい叫び声とともに、サマンサはアルフレドの剣を押し返していた。
その勢いを利用したのだろう、アルフレドはやけにサマンサと距離をとっていた。
「どうにゃん!」
なぜか、したり顔をエウリスナに向けるサマンサ。
頭の上の耳と長い尻尾が『ほら、褒めろ』といわんばかりに動いている。
その顔を向けられて、エウリスナも思わず噴き出していた。
「ぷひょう! サマンサ。顔に落書きされてるっすよ! トトチャットと寝てたんすね? あと、ただいまはおかしいっすよ。それを言うなら、ただいま参上っす」
「うにゃ!? そうにゃん? でも、トトチャットとなぜわかるにゃん?」
「べあ、かおにそう書いてあるくま」
プトゼンサに指さされた場所をこするサマンサ。その手に付いたものをなめて、ようやく顔をこすり始めた。
「うにゃ、うにゃ、うにゃぁ! どうにゃん! これで文句ないにゃん! 雨降って、おしおき、けっていにゃん!」
半分涙目になりながら、サマンサはアルフレドに剣を向けていた。
その姿はとても
金色の毛並みに、金色の瞳。そこに黒と白のまだら模様が所々に描かれている。言ってみれば三毛猫のような顔がサマンサの最終戦闘形態のようだった。
だが、その雰囲気は他の者とは一線を画している。
言葉遣いはともかくとして、醸し出す雰囲気はアルフレドのそれに近かった。
「ひょう、油断するんじゃないっすよ、サマンサ。能力は制限されて無いっす。まあ、たぶんっすけどね」
「べあ、その姿じゃなかったら、むりくま。さすが、戦いだけは優秀くま」
サマンサの隣に駆け寄ったエウリスナが、自分の結論を口にしていた。
あの瞬間、尻餅をついたかのようになったムプンイルは、お尻に付いた土を払うしぐさをしながら、エウリスナとは反対側の隣に立っている。
新たに闘志を燃やしたのだろう。
エウリスナとムプンイルの二人が、サマンサを間にして並んでいた。今まさに、バルトニカ王国の
「むひょう! プトゼンサは線の向こう側で静観してるっすよ。でも、これで勢揃いっすね! しかし、よく間に合ったすね! あと、ムプンイル。お礼をいってないっすよ」
「べあ、そう言えば危ないとこだったくま。感謝するくま。さあ、最初から遊ばずにいくくまよ」
サマンサの両肩に手を置いた二人は、それぞれ一緒に戦おうという意気込みを見せていた。
「にゃん? しってるにゃん。みてたにゃん! アルフレドもわかってたにゃん」
とぼけた顔で、二人を順番に見つめるサマンサ。
その言葉に、エウリスナとムプンイルの手がサマンサの肩から落ちていた。
「むひょう! いつからいたんっすか!」
「べあ? わざとあのタイミングであらわれたくま?」
二人の権幕をよそに、小首を傾げるサマンサ。
ただ、黙ったままではいけないと思ったのか、両手を小さく打ち鳴らしていた。
「そうにゃ! アルフレドに、にらまれたにゃん。それでわかったにゃ。まだアタシの順番じゃにゃかったのにゃ。順番をまもらにゃいと、トトチャおばちゃんにしかられるにゃん。我慢したにゃん。えらいにゃん。交代時間だって聞こえたから、来たんだにゃん」
まるで子供が、自らの行為を誇らしげに親に報告するような顔で、サマンサは二人に告げていた。
――唖然とするエウリスナとムプンイル。
流れる風が、やけに虚しい声をあげていた。
「ひょうぅぅ。疲れたっす! 次もあるし、もう、あとは任せるっすよ! 私は向こうに行くっす!」
「べあぁぁ。やすむくま。あたしも、ひとやすみくま。次の戦いまで、やすむくま」
もう話すのも疲れたという態度を見せた二人。
サマンサを放置して背中をむけたあと、並んでその場を離れ始めた。
――その姿はまるで、アルフレドのことを考えていないかのようだった。
「死線を越えたものを、そのままにすると思うか?」
アルフレドの大剣が、一瞬にして二人の目の前に迫りそう告げていた。
――だが、二人はまるで気が付いていない。
その一瞬で二人を追い越し、なおかつその首を刎ねる一撃を放つアルフレド。
その言葉は、特にきかせるつもりで言ったわけではないのだろう。
ただそれは、絶対の法則。
そう言わんばかりの気迫のこもった攻撃だった。
「選手交代だと言ったにゃん! 約束は守らないとトトチャおばちゃんにしかられるにゃん」
それを受け止めるサマンサの大剣。
両者のいる時間は、他の追随を許さないほど早かった。
――大剣同士があげる悲鳴が、二人の時間を現実のものとする。
「ひょう、やっぱり、サマンサっすね!」
「べあ、よろしくま」
驚きの声は、何が起きたのかを理解した証だろう。一瞬止まる気配を見せつつも、二人は歩き続けていた。
再び姿の見えなくなったアルフレドとサマンサの二人。
エウリスナとムプンイルの周りでは、土埃が舞い始め、その中で閃光と音が交差する。
幾たびも両者の打ち鳴らす剣戟の響きの中、エウリスナとムプンイルは悠々と死線を再び超えていた。
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