第40話ヤンガッサの戦い1

ヤンガッサ平原に、大きくあいた穴があった。

ヤンガッサ平原に、まるで何かの大きな爪痕に見える線があった。


それらを眺めるように、およそ七千人の獣人族の戦士たちが、固唾をのんでその戦いを見守っていた。


一方はイタコラム王国の勇者アルフレド。大剣を自在に操り、防御と反撃を器用にこなしている。腰の剣も、背中の盾も使ってはいない。それどころか、面兜フルヘルムで隠れて見えないが、息も上がっていないようだった。


――戦闘開始から丁度二時間半が過ぎてなお、アルフレドには疲労という文字が浮かんでなかった。


そして、アルフレドに向かっていくのは、たった二人の獣人族の戦士だった。


一人は黒豹の頭で、多彩な攻撃を繰り出している暗殺者アサシンエウリスナ。

直刀だけでなく、苦無クナイ煙玉けむりだまといったいわゆる忍者道具を自在に操り、虚実を交えた攻撃を繰り出していた。


そしてもう一人は熊頭の武闘家モンクムプンイル。

拳も熊のようになり、その腕から繰り出される攻撃は、人の姿だったころに比べて、早さも破壊力も倍以上になっている。熊の咆哮ベアローアを織り交ぜた、遠近の攻撃と共に、エウリスナの虚に実とうまく連携していた。


――獣人族の最終戦闘形態。

エウリスナとムプンイルの果てしない言い争い。永劫に続くのかもしれないと思わせたそれは、ついにその姿で戦うことを選ばせていた。


――お互いが納得したのはアルフレドが二人に告げた言葉だった。


『勝たなければ、何も守れない。守れなければ、勝つ意味はない』


それは自らに視線を集めるかのように、威嚇の剣激を放った後のこと。


静かにそう告げた言葉に、二人は大いに頷いていた。


「ひょう、わかったっす!」

「べあ」

それが戦闘の合図だった。瞬く間に最終戦闘形態に変化した二人は、それから幾度となくアルフレドに攻撃を繰り返していた。



「むひょう! この姿でも決められないなんて、さすが真の勇者っすよ! ちょっとだけ尊敬するっすね! ほんと、でたらめっすね! 能力が制限されてるってのは、ほんとうなんっすか?」

「べあ、くまったくま。当たらないくま」

「ぷっひょうー! ムプンイル! その姿で『くまった』はなしっすよ! はまりすぎて、泣きたくなるっす!」

「べあ、しまったくま。言い間違いくま。やりなおすくま。このままではらちがあかないくま」

「ムプンイル! しまったら開かないのは当たり前っす! って、そんなことどうでもいいっすよ! でも、そろそろいいとこ見せたいっすね! これだけのギャラリーがいる中での戦いっす。プトゼンサは直接加勢する気がないっすから、私達だけで決めるっすよ! そろそろあの子が来ちゃうっす。このままではいいとこ見せれないっす!」

「べあ、わかったくま。あたしも本気くま。準備体操は済んだくまよ」

さっきから軽口をたたいてはいるが、二人共すでに肩で息をしている。


躱され、いなし続けられる攻撃。

そして隙を見せた瞬間、致命傷となる攻撃を繰り出してくるアルフレドに対して、二人の精神は限界近かったのかもしれない。


その強がりに似た台詞は、自らを鼓舞するためなのだろう。


自らの闘志に再度火をつけた二人は、必殺の連携を見せていた。


エウリスナの煙幕がアルフレドの視界を奪うように展開される。多彩な攻撃を見せるエウリスナも、起点はこの煙幕が多かった。様々な色で攪乱するのだろう。実に色々な煙幕を張っている。


そのたびに大剣で払いのけていたアルフレド。

だが、今回はなぜかそのままにして、まるで違う方向に鋭い一瞥をくれていた。


「ひょう! よそ見とは、いいご身分っすね!」

移動しながら今までにない速度で手裏剣を三方向から投げつけ、自らは背後に回り込むエウリスナ。


熊の咆哮ベアローア! 熊の咆哮ベアローア!」

移動したムプンイルの連続咆哮が、その側面を煙幕共々掻き消していく。


しかし、それは回避されるとふんでいたのだろう。


四散した煙の中で、最も大きな部分に向けて、もう一度咆哮をあげるムプンイル。

それと同時にエウリスナの直刀が、咆哮を避ける方向が分かっているかのように、そこに狙いをつけて襲い掛かっていた。


巨大熊の咆哮ヘヴィベアローア!」

これまで見たことのない拡散したムプンイルの咆哮波の嵐。

まるで誘導するかのようにたった一か所――エウリスナが向かった場所――だけその効果は及んでいなかった。


だが、それら二人の攻撃は空振りに終わる。


そして誰もがアルフレドの姿を見失った瞬間、押し殺したような声をムプンイルは聞いていた。


「騒々しいだけのその攻撃は聞き飽きた。ふっ、待っているのも性に合わないのだろう。では、そろそろ選手交代の時間にしてやろう」

たったそれだけ。


その言葉を告げたアルフレドは、ムプンイルの背後から大剣を振り下ろしていた。


「べあ!?」

それだけ言うのが精一杯だったのだろう。振り向き、驚愕の表情のまま凍りついたように動くことのできないムプンイル。


――それもそうだろう。


確かにムプンイルの最後の咆哮が上がるまで、アルフレドは煙幕の中にいた。

それは誰もが見ている事実。

そのアルフレドがいつの間にかムプンイルの背後にいた。


信じられない空気が漂う中、ムプンイルの未来は誰の目にも明らかだった。


ムプンイルに迫る大剣。


ムプンイルが両断された未来を知るアルフレド。ただそれを、機械的になぞっていくように思われた。

ムプンイルはもちろんの事、エウリスナですらも見ることはおろか、感じることもできなかった世界。


それが生み出した現実。

この場にいるだれもが、アルフレドの動きを認識する事が出来なかった。


――いや、たった一人を除いては……。


そしてその瞬間、アルフレドもムプンイルを見てはいなかった。

口元を少しほころばせながら、誰もいないムプンイルの背後に視線を向けている。


「ムプー!」

現実に抗うためにあげたエウリスナの絶叫と金属があげる悲鳴が合わさり、ほとばしる。


その絶叫が意志を持って、アルフレドの攻撃を止めたのではない。

打ち下ろされたアルフレドの大剣を同じような大剣がエウリスナの背後から現れて支えていた。


「おまたせだにゃん。サマンサ・ロメル、ただいまだにゃん!」

アルフレドの剣を受け止めた重戦士の顔を見て、アルフレドの口元は又わずかにほころんでいた。

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