第39話幕間(イタコラム王国軍左翼)

「クリマアミ伯爵様。今の話、どうおもいますか?」

自らの騎竜を加速させたパトリックは、軍団の先頭を走るクリマアミ伯爵に並ぶと、自らの疑問をぶつけていた。


通常の軍馬ではなく、全て土竜族と呼ばれる種族で構成されている一団。

パトリックは今、新しい竜騎士団長として、その部隊を率いていた。


統一感に乏しい左翼にあって、その存在はひときわ目立っているのは間違いないだろう。


通常の軍団は軍馬を用いるが、それは戦闘ではなく移動に重点をおいている。だが、竜騎士団の土竜はそれだけでも高い攻撃力をもっていた。


強靭な爪や牙、鋼の鱗に強大な力をふるう尻尾まである。今の軍団にはいないが、中には炎の息を吐き出す個体までいたという。

数こそ決して多くはないが、軍団単位で考えると、おそらくイタコラム王国で最強の攻撃力を持つといっても過言ではないだろう。


旧ムニマルカ王国が誇った竜騎士団。


それを完全に再現したのはトマルイ王子だった。いや、本来のものよりもより残虐性は上がっていたのかもしれない。


手段を選ばない苛烈さは、それを知る者にとっては唾棄すべきことだったに違いない。


本来雑食である土竜を、人族以外に攻撃性を高めて繁殖させるためにトマルイ王子が選んだ方法。

それにより、多くの亜人種と獣人族、そしておびただしい数の種族が絶滅させられていた。

その報いといっていいのだろうか、トマルイ王子が再現した竜騎士団はもうこの世界には存在しない。


ただ、残った竜騎士をまとめ上げたのが前騎士団長ゲニルカ・ロドスの意志を引き継いだパトリック・ロドスだった。


「伏兵は十分にあるだろう。軍団間の連絡を阻害したということは、戦術上でも最もそれを示唆するものだ。通常戦術において、こういった場合は各個撃破に来ると睨んでよいだろう」

クリマアミ伯爵は自らの知識をひけらかすわけではなく、ただ思ったことを口にしているようだった。


「だからですか? 斥候を大胆に展開し、想定ルートを変えてまで進軍したのは」

パトリックは感心したように目を輝かせている。

それは戦略家・戦術家として名高いパトリック伯爵の講義を聞く、若い学生のようであった。


「そもそも、この戦術は不確定要素に満ちている。情報元のライラ・ライはバルトニカ王国の人間だぞ? 自分で調べたと主張するトミアルも勇者である以上、宣戦布告した後にこの地を訪れたに過ぎない。しかも、あの性格だ。本当に自分で調べたのかも怪しい。そして、問題なのはパルチアニ伯爵の情報だ。蓄えた情報と言っているが、彼が持ちかえっている情報のほとんどは、彼がバルトニカ王国からさらってきた女どもから来るものだ。私がバルトニカ王国側であれば、その中に自分ではそうと知らずに、意図的な情報を与えた者を紛れ込ますだろうな。情報元を精査することなく、複数のルートから集めた事象だけで真理を得た気分になっているあの偽軍師。彼の作戦に従っていると思うと、本当に反吐が出る」

本当に唾を投げ飛ばしながら、クリマアミ伯爵は馬を飛ばしていた。


「では、なぜこのような戦いに参戦したのですか? 伯爵はアンネスト姫様の許嫁ではありませぬか。王族の一員となり、将来を約束されているはずです。このようなことを申し上げては問題でしょうが、あえてこの戦いに参加せず、安全なところで趨勢を見守ってもよかったのではありませぬか?」

怪訝な様子のパトリックに、クリマアミ伯爵はため息で応えていた。


「だからだよ、パトリック殿。こういう噂を知っているか? 謹慎中のトマルイ王子を見舞ったのはノマヤ王子しかいない。だが、ノマヤ王子は否定している。そしてその後トマルイ王子は王家の指輪を残してこつ然と姿を消した。はたして、そんなことが可能だろうか? トマルイ王子がいた部屋には、窓もない塔の最上階。扉は衛士が守護し、ノマヤ王子が出た時にはトマルイ王子がいたことは証言している。後は人が通ることのできない小さな通風孔があるだけの密室だ。しかも、転移阻止の魔法結界が張られている。そんな中に入るには扉以外ありえないのだ」

一旦そこで話を切ったクリマアミ伯爵。その先は自分で考えろと言わんばかりにただ前を向いていた。


「まさか、そういう事なのですか? すでに、そうなっていると? 私が父から聞いた時は、マクシマイルがカルタ王子を擁立するために宮廷内をカルタ王子に染め上げていると悔しそうに話してましたが、ちがうのですね!」

食い入るように疑問を投げかけるパトリック。

その視線に耐えかねたのだろう、クリマアミ伯爵は重たい口を開いていた。


「パトリック殿。いや、パトリック。私は君に多大な援助をしたと思っているが間違いはないかな?」

パトリックの方を一切見ずに、クリマアミ伯爵はそう尋ねていた。その声に含まれた意味を全く感じない程パトリックは愚かではなかったのだろう。

さっきまでの雰囲気を払拭し、自らの竜の上で居ずまいを正していた。


「はい。僭越ながら、父のように尊敬しております」

パトリックの返事に、満足そうに頷いたクリマアミ伯爵。しばらく何かを考えたあと、おもむろに言葉を紡いでいた。


「正直、カルバの街を焼かれたのは痛かっただろうな……。あそこにはカルタ王子の言わば大きな財源があり、物資もそこに集められていた。だから、そういう大事な街を守護できなかったことは、カルタ王子の支持する者にとってある種の疑念を抱かせたに違いない。しかし、最大の痛手は、それがアルフレドの手によって行われたことだ。これまでアルフレドは三人の王子に対して、常に平等に接してきた。しかもそれは、この私に対してもなのだよ。第一王女とはいっても、所詮は下賤な女の腹から生まれたエレニア姫の立場を守るために、本当にあの男は宮廷内のいろんな雑事を請け負っていたよ。そのかいもあったのだろう。陛下に聖騎士団を認めさせたのは、正直言って驚いた。あの男はおそらく私の知らないところでも色々汚いことも平気でしているのだろうな。その男が、カルタ王子に敵対を表明したのだ。そして、はっきりと表明したわけではないが、その後の行動はノマヤ王子派であることを公言しているようなものだ。軍議にいたのだからわかるだろう? 私もあの時は分からなかったが、あれから調べてよくわかった。はは、この私がまさか戦略ですでに一歩後れをとっていたとはな……」

そこで一旦言葉を切り、名状し難い表情を見せたクリマアミ伯爵。


だが、その顔は一瞬で切り替わり、その決意を表情にのせていた。


「あれはすでに決められていたのだ。もはや、次の王はノマヤ王子なのだよ。私は王族にはなるが、王にはなれない。だから、私の役割は未来への戦略を整えるだけだ」

最後の言葉を告げた時、クリマアミ伯爵の視線はパトリックの心臓を射抜いていた。

ここまで話したのだという気迫がみなぎる視線。


それはクリマアミ伯爵の恫喝に似たものにも感じられる。


――パトリックはおそらく自分では唾を飲み込んだことすら覚えてないに違いない。


「こっ、このパトリック。竜騎士団をまとめる時に頂いたクリマアミ伯爵様のご恩、今も忘れておりません。微力ながらお供させていただきます」

震えながら、かすれた声で何とかそう告げたパトリック。


その姿に満足そうに頷いたクリマアミ伯爵。

さらに前へと進むべく、自らの馬を加速させていた。


――突然の走りに、置き去りになるパトリック。


自らも追いつくために竜に鞭をいれた瞬間、目の前で起きたことが信じられないという表情を見せていた。


それはまさに一瞬の出来事だった。


突然地面が陥没し、大地が大きく口を開けていた。

その中心にあったクリマアミ伯爵はなすすべもなくそこに吸い込まれていく。


全身を槍のような罠で貫かれたクリマアミ伯爵はおそらく何が起きたのかわからなかったに違いない。

しかも、その口を大きく広げていく大穴は、まるですべてをくらい尽くすかのように左翼の騎士団を飲み込んでいった。


次々と落ちる騎馬と騎士たち。さすがに竜騎士はなんとか回避するものが多かったが、後続におされて落ちるものが多発していた。

だが、穴に落ちた竜たちは、その罠すら自らの爪と牙で壊していく。


しかし、最初に落ちたパトリックは、それすら間に合わない程だった。


「敵襲! 獣人族だ! おそれるな! 今こそ竜騎士団の真の力を示す時!」

薄れゆく意識の中、パトリックが聞いた最後の言葉。


それは、自分以外が竜騎士団をまとめる少女の声。

敵襲という混乱の中でも響き渡る勇猛な少女の声は、パトリックが軍団編成の時に新しく雇い入れた副官の声だと思い出していた。

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