第50話四十八の神々(前編)

「やあ、久しぶりだね。橘響たちばなきょう君。あれ、この話はしたか。じゃあいいや、アルフレド。まずはおめでとうと言っておこうかな。バルトニカ王国のサマンサ・ロメルを討ち取った気分はどうだった? ゾクゾクしただろ? たまらないよね? 力がわきだす感じ。ああ、あれは最高の瞬間だよ! で、こんなことしてるのって、ようやく本気になったって考えてもいいのかな? ちょっと君の場合直接聞かないと分かんないからさ、わざわざ出向いてきたわけだよ。自らが王になる。そうすることで、他の転生者を生み出さないようにする考え。確かに勇者召喚の儀式をしない限り、僕らも向こうで捕まえることはしない。君一人でも十分やっていけるという傲慢さには、本当に脱帽だよ。でも、分かんないのは、封建制度を否定するのは何故なのさ。貴族制度が気に入らなかったのかい? 君たちの元いた世界は、そうじゃないことは知ってるよ。でも、力あるものが力無いものを統べるのは自然なことじゃないか。君たちの世界は、偽善と欺瞞で成り立っているとしか思えないね。それに、君が転生した仕組みは蠱毒法こどくほう。同士討ちの果てに、力ある一人が生き残り、全ての力を継承するシステム。それはこの世界の縮図でもあるんだ。それを成し遂げた君が、それを否定したら自らを否定することになると思うな。ああ、君の場合は譲られたものだったね・・・・・・・・・・

何処からともなく少年の声が聞こえてきた。

黒い球体の世界の中、アルフレドとエレニア姫は手に手を取って周囲を窺っている。


「しかし、こうしてじっくりと見てようやくわかったよ。君がその子を気にかけてたこと。本当に葵雪あおいゆきに似ているね。正確には、幼いころの葵雪あおいゆきといった方がいいのかな? 彼女、童顔だったしね。こんな偶然もあるんだ。神であるこの僕も驚いたよ。これって何かの力が働いてるのかな? まあ、そんな事が出来るとしたら、原始の神以外にはないだろうし、そんなことあるはずないか。そもそも一人は封印されたままだしね」

ケラケラと笑うような様子がこの場を包み込んでいる。

それらを一切気にすることなく、アルフレドはただ何かを探っていた。


「うーん。どうも反応が乏しいなぁ。さっきから僕を探すのに夢中なのはわかるけどね。で? どうなのさ、アルフレド。いい加減何か話してくれないと、黙って動けないエレニア姫ちゃんに聞いちゃうよ? エレニアちゃんにはさすがに圧力をかけてないけど、かけるとどうなるかなぁ、アルフレド。僕も万能じゃないから、君と同じようにかけちゃって、プチってしちゃうかもしれないよ? そうなったらごめんねぇ。君が話さないから、エレニアちゃんに意識がいっちゃったってことで許してね」

恫喝とも嘲りあざけりとも取れる雰囲気をにおわす声の主。

それに応えたわけではないのだろうが、アルフレドはその一点を見つめていた。


「貴様ごときに話してやる義理はないが、せっかく来たのだから答えてやろう。俺は、貴様の言う封建社会を否定はしていない。民主主義が最上だとも思っていない。むしろ、物事を成し遂げる時は封建制度こそ都合がいいだろう。だが、それは正しく力を扱えてこそ意味がある」

アルフレドの見つめる先には何もない。ただ、アルフレドはそこから目を逸らさなかった。


「なるほどね、だから君がそれをするのかい? 君なら正しく力が揮えると? それも傲慢な考えだね。でも、好きだよ、そういうの。自分が正しい。本当に力を持つ者はみんなそういう考えにたどり着くもんだよ。だって、それが力だからさ。でもさ、それって僕らに対しても当てはまると思ってないかい? 不遜だよ、アルフレド。神にたてつこうなんて愚かな考えは、正しい力の使い方とは思えないね」

巨大な力がアルフレドを見下ろしている。

だが、アルフレドは微動だにしなかった。


「かつて、ある美しい女がいた。身分の高い者の子を身ごもった彼女は、周囲の力によって一度捨てられた。そして、彼女は娘を生んだ。年月が過ぎ、貧しいながらも、二人は一生懸命に生きていた。だが、娘がある教団の聖印をもって生まれていたことがわかると、その母娘は父親の元に連れ去られた。娘を何かの道具に使えると思ったものがいたのだろう。連れてこられた母娘は、立派な檻の中で暮らすことになった。だが、それを良しとしない者がいた。身分の高い者の妻が、その女に牙をむけたのだ。立派な檻は、ただの檻だった。女が殺されるところを、多くの者が目撃していながら、誰一人それを止めようとはしなかったのだ。いや、止めることなどできなかったのかもしれない。その牙は、その国でも凄腕の勇者だった。娘は母が刺されるその瞬間を、まざまざと見せつけられていた。そして、母は娘を逃がすために、瀕死ながらも牙に抗っていた。母が娘に残した言葉は何だと思う? 『生きて、あなたは生きて!』だ! わかるか! …………。当然、その牙は逃げる娘を追いかけようとしたが、それは一人の男によって阻止されることとなる」

アルフレドは自らの興奮を抑えていたのだろう。小さく息を吐いたあと、そのまま言葉を繋いでいた。


「正しく力を使えない者達がいるから、不幸な未来が訪れる。世界を変えてほしいと、エレニアは願った。エレニアが願ったのは、過去ではなく未来だ。もうこれ以上不条理な理由で悲しい人が生まれない未来を願ったのだ。でも、願えば叶うのか? 願えば、不条理な理由で集められた挙句、殺し合いをさせられないのか? 願えば、つつましくも幸せだった母娘が泣かなくてもよい世界が生まれるのか? 願えば、聖女を生んだ母の妹に対して、同じように聖女の資質を持つ子供を無理やり産ませようとする暴力がない世界を生みだせるのか? まして、願う事すら知らない者はどうなるのだ? 生まれた娘に人としての幸せを奪い取る暴力がある世界だ! そう、願うだけでは無理だ。ならば、作り変えるしかないのだ。世界を! 未来を! たとえそれが、神に対する反逆だとしても!」


語り終わる寸前に投げた、黒光りする短剣。

それはまばゆい光を放ちながら、ある一点をついた後、瞬く間に光を拡散していった。


「なるほどねぇ。君がその力になるというのかい。健気だねぇ、アルフレド君。誰からもらったかは聞かないけど、そんな宝具を惜しげもなく使っちゃって。でも、いいのかい? 僕はどこにでもいるよ? ああ、そういえば君がよく言ってたね。『勝たなければ守れない。守れなければ、勝つ意味がない』だったよね。さて、勝つ意味があるのかな?」


アルフレドのすぐ後ろで、からめつくような声がした瞬間、それは異常な事態に混乱した声をあげていた。


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