第51話四十八の神々(後編)

「なに! なんだ、この娘! エレニアじゃない!? そうか! 入れ変わったのか! くそっ、精霊界か!」

「無駄だ。お前がエレニアを内側から爆発させるように殺そうとするのは知っている。イリアの中に飛び込んだのはうかつだったな。お前の動きは封じさせてもらった。どうだ? 失って久しいだろうが、肉体があったころの感覚がよみがえってきたか? 神を自称する超古代の魔術師ジャス・ティス。まあ、今は四十八の神の一人、勝利をもたらす神ジャスティ神と呼ぶ方がいいのか? どうだ? 溶けていく感覚は? 俺達の元いた世界では、お前の名前は正義を意味する。勝利などではない。そして、お前の正義に俺は負けない」

ゆっくりと振り返ったアルフレドの前に、スライム形態となったイリアがいた。


――その体の中には、光り輝く球があった。


「くそ! なぜだ!? 僕らは神。精神生命体となったはず。実体はないし、この世界には縛られるはずがない!」

そこには驚きの感情があった。

それに呼応するように、空間全体が歪むように収束していく。


「教えてやろう。ジャス・ティス。何もしなければ、確かにお前は捕まえることはできないだろう。だが、お前がこの世界に何かするには、この世界に接点を持たねばならない。だから、その瞬間だけは捕まえる事が出来る。わかったか? 理解したなら、別の感情がよみがえってきただろう? 思い出せ、それが恐怖だ。確かにお前達四十八人は原始の神を倒し、封印するほどの絶大な力を持っていただろう。だが、それも二つの原始の神あっての力だ。長き封印も五百年前の原始の一柱が復活したことで、そのほころびが見えたのだ。そして俺は、そのもう片方の神を知っている。ただ、それだけのことだ。そして、その娘はエレニアではなく、イリアだ。魔王教徒がイリアのもつ魔王斑を利用して変身型スライムと合成させ、その能力を無理やり継承させた実験体と呼ばれた存在だ。スライムの性質は知っているだろう? ただ、イリアの場合、不定期に誰かを捕食しなければ、その性質が維持できない【不安定】という性質を持っていた。だから、【性質変換】で安定させ、元々の魔王斑を神の憑代となる性質から神をとらえる性質に変えた。わかったか? ああ、ついでに教えておいてやろう。今から半年後のことだ。いにしえの魔王教徒が、ある娘を利用して最悪の封印を解く未来があった。偶然にも魔王教徒がとらえていた娘だ。姉想いの健気な娘だったが、その特殊な力をいにしえの魔王教に見つかったのだろう。魔王教が同じ娘を求めたのは偶然かもしれないがな。解かれようとしたその封印は、お前達が封印した太古の竜だ。覚えているだろう? 滅竜王ウルヴォルドライザーだよ。もっとも、その未来はすでにない。だが、いにしえの魔王教徒は今も原始の一柱古の魔王を召喚しようとしている。このままではいつかそれに失敗し、その結果お前達を召喚することになるやもしれんぞ? 魔王斑は異世界の魂をとらえるだけではなく、元々は霊媒体質の証だろうからな。まあ、ここで消えるお前には関係のないことだがな」

ゆっくりと、剣を抜くアルフレド。

おそらくそれは、偽装してあったのだろう。アルフレドの指輪が光り、その真なる姿が導かれていた。


腰にあったのはいつもの聖剣ではなかった。


漆黒の刀身をもち、ほのかに赤い光を宿す剣だった。


「まさか、この娘ごと切るのか? それは封印したはずの神剣ファルメイザー。そんなものまで、どうやって! そんなものを持っているなら、トルコールの影に潜んだときに攻撃出来ただろう! この娘は、そんなにいらない娘なのか!」

それは、イリアに動揺を誘う話術だったに違いない。


――そして、それは間違いなく功を奏していた。


イリアの体を四散させ、アルフレドから距離をとった光の玉。それは心なしか、かなり消耗しているように感じられた。


「そんなわけがないだろう。あの時はお前の相手などしていられなかったのだ。そう言ったはずだ。お前とは違うのだ、ジャス・ティス。トルコールもイリアも、俺の大切な存在だ。お前ごときと引き換えにしていい存在ではない」

その言葉を証明するかのように、すでにアルフレドはイリアの体に回復の魔法をかけていた。


再び元の姿に戻るイリア。だが、その顔はうつむき、声を押し殺してあえいでいた。


「いいか、ジャス・ティス。聞いているか、神ども。いつまでもお前たちの思うままであると思うな。お前たち、二十の神の時代はまもなく終わる。すでに滅びた国の神、二十八の神は退屈で仕方がないらしい。まあ、全ての神がそうではないようだが……。もっとも、最近色々と国が滅んだのだ。その数は二十八では済まないのかもしれんがな。まあ、その神たちはこの際どうでもいいか……。話がそれたな。知りたがりのお前のことだ。一応、教えておいてやる。元々、始まりの四十八人は【神殺し】の性質を持っていたらしいじゃないか。それ以降のまことの勇者は、もっているが覚醒しなければならないようにしたみたいだな。ならば、この俺がその性質を覚醒状態に変換し、【神殺し】の性質を持ったとしても不思議ではないだろう? 傲慢なお前たちのことだ。このゲームでそれを用意しつつも、自分たちを倒すものが現れるわけがないと思っていた。だが、世界はお前たちの望みのままにはいかないようだな。お前達が用意したルールで、お前たちは滅ぼされる。もういい加減、存在することも飽きたのではないのか? 終わり損ねた超古代の魔術師たちよ」

それを告げ終わるか否かの刹那。アルフレドは神剣ファルメイザーを真横に振るう。


――その軌道の中央に、明滅する光の玉が浮いていた。


張り裂けるような絶叫は、さらに空間を狭めていく。だが、それが限界に達したのだろう。それはそのまま固定されていた。


「さすがだな、グレイシア。では確か、お前が聞きたかったのはそれだけのはずだ。そろそろ終わりにするが、いいか?」

イリアを片腕でだきよせ、剣先を光の玉に突き付けるアルフレド。よほど消耗が激しかったのだろう。イリアはそのまま体をアルフレドに預けていた。


力なく揺らぐ光の玉。

それはまるで、よどみに浮かぶこの葉のよう。

自らの生存を求めつつも、どうしようもできないようだった。


「もう、答える力はないな。では、さよならだ。会えるかどうか知らんが、じきにかつての仲間もやってくる」

そのまま剣先を光の中に埋めるアルフレド。


――だが、それは何かの力で押しとめられていた。


それと同時に重圧がアルフレドに襲い掛かる。だが、アルフレドの一喝が、それすらも霧散させていた。


「へぇ、大したもんだ」

「ホントだね。感心する」

「これは、珍しく楽しめるのかな?」

次々と現れる光の玉。

それが七個集まった時、空間が広がりを見せていた。


「こらこら、ダメじゃないか。この時点で勇者が神に手を出せることは想定してなかったから仕方がないけど、神がよってたかって勇者と戦うのは協定違反じゃないかな? こうやって邪魔するのも、僕としては認められないなぁ。まあ、想定外というやつだね。これを認めるのなら、僕のヴェルド君も認めてもらわないと。ほら、彼も想定外だしね」

少年のようであり少女のようでもある声がこだまする。


その位置をつかんでいるのだろう。アルフレドの視線は、七個集まっている光の玉とアルフレドの間を見つめていた。


するとそこに光の玉が現れる。なんだか、やれやれといった雰囲気が漂っていた。


「君、最近は勤勉だね。よっぽど楽しい事を見つけたのかな?」

「そうね、今まで傍観してただけなのにね」

「君のお気に入りは、国の争いに加担しなければ認めてあげるわ」

「そうだな、盤上の駒は国だ。勇者ではない。国が滅んで、勇者が戦えるという異端はともかく、アルフレドの国は健在だ。しかも、我々のルールにしっかりのっとっている。むしろ、飛び出してやられる愚か者を我々と同列にすることが問題ではないか?」

そして、違う光の玉が次々と現れ、口々に違う言葉を投げかけてくる。


丁度最初に出てきた七つの光の玉と、次に出てきた一つの光の玉と等距離の場所に、十の光の玉が集まりだした。


そして全体を包むように二十七の光の玉が取り囲んでいく。

やがて何か言い争う気配が、一瞬にしてこの場を支配した。


――それは。悠久の時を一瞬で味わうような感覚なのかもしれない。

永劫に続くかに思えたそれは、次の瞬間には終わっていた。


――次々と消えていく光の玉。

だが、ジャスティ神であった今にも消えそうな光の玉ともう一つの光の玉だけが残っていた。


「よかったね、アルフレド。この場は手出しする前の状態に戻すよ。そのままジャス・ティスは滅するけど、僕としてはうれしいかな? やたらからんでくるからさ。うんざりしてたんだ。そうだね、そういう意味では君の気持ちも分かるよ。それと、一応忠告だよ。知ってると思うけど、君の中にあるジャスティ神の加護は消える。まあ、あの神の加護を持つ君には関係ないか。そして君を含め、他の勇者にもある召喚呪も消えるだろう。発動自体は人間に任せてるけど、あの呪いは僕らが召喚した時に植え付けてるからね。ああ、もうそんなことはどうでもいいんだよね。君にとってはこれ以上勇者が召喚されない事が重要なんだっけ? でも、その代償は大きいよ。君が死んでも、君の魂は元の世界に戻れない。まことの勇者だけは、死んだときに選択権を与えられるからね。ああ、それもどうでもいい事なのかな? 君の幼馴染は、この世界の住人として転生させたみたいだからね。なるほど、その顔はこの会話も知っているという事か。つくづく【未来予知】なんて能力を君に与えた愚か者が嘆かわしい。君にその力を与えた時点で、こうなる未来だったんだね。でもさ、それじゃあ面白くない。せいぜい頑張りなよ、アルフレド・ロランス。僕が招いた勇者は、君のそれを凌駕する。君は殺して、殺して、最後に譲られて蠱毒法こどくほうを生き抜いた選ばれしもの。当然、目的のためには誰だって殺せる人間だ。まあ、それは自分自身を含めてだろうけどね。だけど、誰も殺さずに蠱毒法こどくほうを生き残った者だっているんだよ。ふふ、そんなこと不可能だと言いたいみたいだね。でも、偶然だったとしても、現実に存在している。存在するからには、意味があるんだよ。彼は僕の予想をはるかに裏切ってくれてね。僕も楽しませてもらっている。まあ、君も、彼も生きていればいずれ出会うよ。それまでは、まっすぐ君の道を進むがいいさ。君たちは決して交わらない。だけど、出会った時が楽しみだよ。その時、君の守るものがたくさんになっていると面白いね」

ただそれだけを言い残し、光の玉は消えていく。


――刹那のゆらぎ。


「何者であろうと、邪魔はさせんさ」

その瞬間、断末魔の悲鳴が響き渡る。

光の玉を貫いたアルフレドの剣を払うと同時に、黒の球体は瞬く間に消えていた。



***


アルフレド達を黒の球体が包み込んでいたのはほんの一瞬のことだった。


その場にいるだれもが、演出か何かと考えていた事だろう。ただ、注意深いものだけはその変化に気が付いている。


舞台で言えば、袖に当たる位置で控えていたマリア。

彼女が武器を構えてその黒い球体を睨んでいることを。


礼拝堂の突き出た二階部分で控えていたプトゼンサ。

彼女が杖を前に突き出して詠唱を始めようとしていることを。


包んでいた黒い球体は一瞬だけ縮んだ後、瞬く間にはじけ飛んでいた。


――それは、シャボン玉がわれる時のような淡い光を周囲に放つ。


そして中から傷ついたエレニア姫――実際にはイリアだが――を抱きしめるアルフレドの姿が現れ、礼拝堂は興奮のるつぼに叩き込まれていた。


「聞け、全ての者たちよ! たった今、悪しき神が我妻にその穢れた牙を突きつけてきた。だが、我が妻はテラス教の聖女。そして我こそはまことの勇者アルフレド。我らの絆は悪しき神を滅した! 聞け! 心ある全てのもの達よ! 今こそ、悪しき神の時代は終わり、新しい時代の到来を告げる! 我につづけ! 勇気あるもの達よ! 古より召喚され続けた、呪われた勇者の時代は終わりを告げる。これからは、この世界に生を受けた者が世界をつくるのだ! 我はそれを導くもの! 真なる神は、我にその役目を与えたもうた!」

アルフレドが剣を真上に掲げた瞬間、その背後に光が灯る。それは徐々に形を変え、慈愛の笑みを浮かべた女神の顔となっていた。


「テラス様……」

そこにいる誰かが、その言葉を口にして祈りをささげていた。


それは見る間に広がって、礼拝堂は本来の祈りの場へと戻っていく。


やがてその光はアルフレドの剣に集まっていく。

その光景は、それを見ている全ての人に、テラス神の降臨を連想させていた。


静かに祈りをささげる礼拝堂に、アルフレドが剣を納める音が響き渡る。

そして、イリアをしっかりと抱きかかえたアルフレドは、強い意志をもって宣言していた。


「我妻は悪しき神により、瀕死の重体となった。これより、我が政務をとる。宣言しよう。神の啓示を受けたイタコラム王国は、今より神聖イタコラム帝国となる。全ての大地に生きるものよ! 悪しき神々から、帝国はこの大陸を解放する! 我に続け! 帝国のたみ! 未来を見ることのできる我は、ここに宣言する。我は神聖イタコラム帝国初代皇帝アルフレド・ロランス。呪われた時代に終止符を打ち、この大陸に新たなる秩序を作り出すもの!」


その瞬間、礼拝堂は再び熱狂の渦に包まれていた。


それはその映像を見たあらゆる民に浸透し、いつしか神聖イタコラム帝国領全域に広がっていく。


なおも鳴り響く歓声は、とどまることを知らない。

それに応えるかのように、威厳をもって立つアルフレド。

勇壮なその顔に、ますます歓声は盛り上がっていく。


暫らくそれに応えていたアルフレド。その瞳は自信に満ちあふれた光を放っている。


だが、うめき声をあげたイリアの状態が気になったのだろう。

群衆に背を向け、エレニア姫の自室へと向かったその瞳。


それは紛れもなく、慈しむ色に変わっていた。

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