第49話華燭の典

イタコラム王国がその日、熱狂に包まれていた。


女王エレニア・モカ・イタコラム陛下が即位しておよそ六か月。女王が就任を宣言した時の熱狂がそろそろ下火になろうかとしてた頃のいきなりの話題に、国民の関心は一気に高まったと思われる。


そもそも、イタコラム王国は新しい体制の元、以前よりも活気に満ちていた。


それは女王の就任時の宣言による体制の変化。いわゆるエレニア女王宣言と呼ばれるものがもたらした効果だろう。


旧バルトニカ王国を吸収したイタコラム王国は人族至上主義をすてる。


その宣言は、革新的な一歩として、後の歴史書に刻まれることとなるだろう。


そして、大規模な貴族の粛清も同時に行われていった。

もともと、今回の戦いでは軍事的に大きな力を持っていた者がことごとく亡くなったことも大きな要因ではある。特にノマヤ王子やカルタ王子、そしてすでに亡くなっているトマルイ王子は婚姻すらしていない。

王家と婚姻関係を結ぶためだろう、センタオリヌ領クリマアミ伯爵も表向きはまだ独身だった。

しかも、パルチアニ伯爵とカルクム辺境伯の謎の死も加わって、王家に対して表立って対抗できる貴族は皆無だった。


その他の小貴族たちは、アルフレドがいないとはいえ帰還した聖騎士団に敵う兵力はもっていない。最低限自らの領地を保護してもらうことを担保に、その他を認めていくしかなかったのだろう。


その宣言があってからわずか十日。


イタコラム王国内でゾムの森を閉ざしていたエルフ族がその解放を宣言し、王国に協力を申し出ていた。


それを皮きりに、瞬く間にあらゆる亜人族、獣人族のみならず、妖精族、巨人族との対話が行われていた。


いったい今まで何処にこれだけのもの達がいたのか。


イタコラム王国の人々は、それ自体を不思議に思っていたことだろう。

しかも、それに驚いた様子もなく、王家は速やかに人以外の種族の自治区を認めていった。


――まるで、すでに区割りが終わっていたかのような手際のよさだった。


元々ムニマルカ地方は巨人族、竜人族が数多く暮らしていた土地だったので、その地方の大半はそれらの部族に割り当てられていった。

狩場や餌場として人族のいない区域がそのほとんどだったので、この地方は特別問題は起こらなかったといえよう。


ロパル地方は亜人族、妖精族が古来より多く住んでいた地域だったために、そこに集落が建造されていくことになったが、一部領民との間でいざこざが起きたのは言うまでもない。


ただ、今まで住んでいた領民はそのままの暮らしを営むことと移住する権利を与えられていた。

そして、そのまま暮らしを営む村々には、イタコラム王家の名のもとに、ある程度の自治が認められるようになっていった。


ただ、自治を認められたとはいえ、村々も何をどうしていいのかわからない様子だった。


不慣れな者が政治を行う。

それは不満の温床となった。


だがらだろう。徐々に街やよその村――自治が認められていない村――に移住する村人が出始めていた。人数が減った村はそうして自然崩壊していった。

そして、その場所は人族以外の者が暮らし始めることとなった。


人族以外の者たちにとって、そこは安心して生きていける場所となる。

数は少ないとはいえ、そこに居場所があるだけで、それら部族は活気づいていた。


そのすべてを円滑に取り仕切ったのは、新たに摂政に就任したトルコールだった。

しかも彼は、女王宣言のあと翼竜人族の姿で常に女王の前に立っていた。


紛れもなくそれは、人族以外の者が王政に加わることを宣言したことになったに違いない。

そのことが、その対話政策を推し進める原動力となっていたのは言うまでもないだろう。


そして、もう一つ。

旧バルトニカ王国についてはまた別の政策が行われていた。



聖騎士団長アルフレドが、王国騎士団長に就任したのはアルフレドが旧バルトニカ王国王都に入った時だった。

そしてアルフレドはまだ、イタコラム王国に凱旋していない。それどころか、旧バルトニカ王国王都には入ったものの、今もなお旧バルトニカ王国領内を転々としている。


旧バルトニカ王国王城タニム城に入ったアルフレドが真っ先に行った事。それは獣人族のすべての部族に対して使いを送ることだった。


――直接、話し合いがしたい。力比べを望むのであれば、私が直接お相手する。


王城にあった各部族との連絡に用いられた通信魔道具。その前に立ち、アルフレドが告げた内容は、たったそれだけのことだった。


バルトニカ王国は、正々堂々を潔しとする気風がある。


イタコラム王国が宣戦布告したにもかかわらず、決戦の日時と場所を指定してくると、それを受け入れるほどの高潔さを自らに課していた。

ライラ・ライの諜報に関しても、プトゼンサや、彼女の師匠の口添えがなければ通らなかった案件でもあったらしい。


だからだろう。アルフレドの挑戦とも言える申し出は、バルトニカ王国で急速に受け入れられていた。


――そして三つの対応に分かれていく。


アルフレドの申し出を文字通り対話だと受け取った部族。

アルフレドの申し出を挑戦だと受け取った部族。

そして、無視を決め込んだ部族となった。


――それらに対して、まずアルフレドは己の実力を見せつけていた。


そもそも、サマンサがまことの勇者として実力を見せていなかったことが大きいのだろう。手を抜いていたわけではないのだが、やる気を見せてなかったことは十分にうかがえる。己の腕に自信のあるものは、サマンサと戦っても大敗を喫することは無かったに違いない。中には勝負に勝ったものすら存在していた。

だから、アルフレドに対して、ほとんどの部族が戦いを選んでいた。


――結果、完膚なきまでに叩きのめされていた。


ただ、バルトニカ王国は尚武の精神に満ち溢れていた。


圧倒的なアルフレドの力に心酔した部族がいくつも現れ、バルトニカ王国は急速にまとまっていった。


そして、話し合いを選んだ部族と無視を決め込んだ部族に対して、アルフレドは柔軟に対応していた。グレイシアをタニム城に残し、そこで新たな兵力を整える任務を任せたあと、自らはプトゼンサとマリアとイリアを伴って交渉を進めていった。


話し合いを選んだ部族に対しては、自ら趣き交渉していた。

その心意気にうたれたのだろう。もはや、話し合うことは無く、ただアルフレドに対して忠誠を誓っていた。


そして無視を決め込んだ部族には、プトゼンサを先ず向かわせて交渉させていた。

それで戦いか、話し合いのどちらかを選ばせていた。


ほとんどの部族がそれでいずれかの事を選んでいたが、サマンサのいた戦闘猫ウォーキャットの部族だけは無視を決め込んでいた。


サマンサが、部族の中で愛されていた証拠だろう。


――そもそも、アルフレドは周囲が驚く対応を取っていた。

討ち取った国王の亡骸は普通に処理していたにもかかわらず、サマンサの遺体を丁重に部族に送り届けていた。

そして、戦闘猫ウォーキャットの部族を残し、全ての部族と対話終えたあと。

ヤンガッサ平原において、盛大な国葬を執り行うことを宣言していた。


――ヤンガッサ平原に散った全ての英霊を供養する。


王都占領から僅か三ヶ月。

サマンサをはじめヤンガッサ平原に散った者達のために、盛大な供養式典が執り行われていた。


――ここに至り、戦闘猫ウォーキャットの部族も帰順を申し出ることになる。


この事により、バルトニカ王国は――全ての部族の意志が統一された状態で――イタコラム王国に併合された形となった。


しかも、その後もアルフレドはバルトニカ王国にあって、部族と認識されていない種族とも会いに出かけていた。


そして、ついにその日を迎えることとなった。



女王エレニア・モカ・イタコラム陛下と王国騎士団長アルフレド・ロランスの婚儀。


まだ、式典の前日にもかかわらず、イタコラム王国王都イレブニタンは、女王就任の時以上の熱気で盛り上がっていた。



***


「お帰りなさいませ、アルフレド様」

まだ、魔法陣が光っている中、その中心に向けて恭しく頭を下げるトルコール。次第に光が薄まっていく中、アルフレドのねぎらう声が静かに響いていた。


「トルコール、ご苦労だったな。プトゼンサ、さっそく確認しておけ。場所は礼拝堂だ。マリアよ、途中まで案内してやれ。お前はその後、エレニア女王陛下に拝謁を申請するのだ。今はまだ、礼拝堂の自室では会えない。女王陛下におなりなのだ、まずは形式的とはいえ、帰還の挨拶をする必要がある」

グレイシアの魔法で、集団転移したアルフレドとマリアとイリア、そしてプトゼンサ。


イリアを除き、それぞれに指示を出すアルフレド。

マリアとプトゼンサがそれぞれの任務に向かった後、トルコールは静かにきりだしていた。


「グレイシア様より届けられた、空間固定の魔道具は礼拝堂に設置済みです。しかし、あのような物が何の役に立つのでしょうか? それに、空間転移は阻止しなくてもよろしいのですね?」

恭しく礼をしながら、トルコールは自らの疑問をはらそうとしていた。


「ああ、どうせ何をしても無駄だろう。一々相手をしてられんよ。それよりもトルコール。お前に聞きたい。貴族解体は速やかに行っているようだな。あれは、あとでもよかったのだぞ?」

そう言いながら、トルコールの姿に一瞥をくれたアルフレド。

だが、何か思う事があったのだろう。歩き出そうとする歩みを止め、後ろを振り返って見つめていた。


「今は相手をしてられんと告げたはずだ」

ただそれだけを告げて、イリアを手招き、再び歩き出すアルフレド。

その背中を、トルコールの影は黙って見送っていた。



「キョウお兄さま!」

部屋の中に入ったアルフレドを、開口一番そう言ってその胸に飛び込んできたエレニア女王。

謁見の間で見せた凛として華やかな態度とは裏腹に、その態度は以前のエレニア姫だった。


「ああ、キョウお兄さま!」

しっかりと抱きしめるアルフレド。そのままグレイシアの結界の中に歩いていく。


その間ずっと時間も場所も全てを忘れ、蕩け続けるエレニア姫。

その両手の強さと温もり、そして何より心地よかったのだろう。


「モカ、ただいま」

結界の中に入り、あふれんばかりの優しい笑みを浮かべたアルフレド。


その声の調子に、その顔をよく見ようとしたのだろう。

エレニア女王がアルフレドの胸にうずめた顔をあげ、上体を起こした瞬間のことだった。


「キョウお兄さま……。誰……?」

その姿を認め、愕然とした表情を浮かべたエレニア女王。

その眉間に、アルフレドの指が優しくかかる。


――その瞬間、アルフレドの指輪が光り、エレニア女王は意識を失っていた。


「さあ行こう、モカ」

そのままの状態で、片手をふり指輪を光らせたアルフレド。転移不可の領域にもかかわらず、そこに別の空間が出現していた。


――金色の光が、この世界にあふれ出す。


「この光はあの時と変わらないな……。ふっ、向こうはそれほど経っていないか……。おいで、イリア……」

片手でエレニア姫を抱き、もう片手でイリアをそばに呼ぶアルフレド。ゆっくりと差し出されたその手を、アルフレドはしっかりつかんでいた。


一瞬、体を固くしたイリアだったが、その手の温もりにほだされたのだろう。自らの手をもう一つ、アルフレドのその手に重ねていた。


「さあ、行くか。向こうでは、それほど時間をかけられない」

ただそれだけを呟いて、アルフレドは二人をつれて、光の中へと進んでいった。



***



ナーレヨグレイル城内にある礼拝堂。

エレニア姫が女王となる前に使っていた私室があるだけでなく、聖騎士団の詰所にも隣接しているこの場所は、王城の最も東側に建てられていた。


普段は、訪れる人も限られている。


だが、この日ばかりは、朝からあふれんばかりの人でごった返していた。


元々、そう大きくはない建物。礼拝堂の中も限られた人間しか入ることが出来ない。


だからだろう。

礼拝堂の前にも中の様子が映像魔道具によって映し出されている。

そしてその様子は、イタコラム王国全域に設置された映像魔道具により放映されていた。


夕やみ迫る逢魔が時。礼拝堂の中は薄暗いが、そこに光が絶えることは無かった。


花婿であるアルフレドが、花嫁であるエレニア女王を迎える場面。

周囲の暗さがより一層際立ったころ、光の中をエレニア女王が歩く場面。


ただ一人、暗闇の中にそびえる光の柱で待つアルフレド。


光がエレニア女王を照らしだす。その光はどこからか舞う星屑のように煌めくと共に、光の世界の外を彩っていた。


――やがて、二つの光は出会い、一つの大きな光となる。さらに大きく膨らんだ光は、周囲にどんどん広がっていく。


闇と光を効果的に演出したその場面に、見守る人々は思わず息をのんでいた。


そして、エレニア女王のベールがあげられ、まさに婚姻の口づけが行われようと二人が寄り添った瞬間。


突然現れた黒い球体が、二人の姿を隠していた。

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