最終章 そして未来は一つの正義に導かれていく

第48話戦後処理

「転移の準備はできているか、グレイシア? しかし、いつも思う事だが、グレイシアの部屋はどこでも同じようになっていくのだな。いや、今回はちょっと荒れてるな。まあ、気持ちは分かるが……。今は納得しろとしか言えないな」

部屋に入ってそうそう、マリアはため息をつきながら自らの感想を告げていた。

足の踏み場もないとはこのことを言うに違いない。

グレイシアの部屋は、まさに色々な道具や荷物で埋め尽くされていた。


「ふふ、マリアさん。久しぶりに帰ってきて、その挨拶はないですわね。でも、まさかですわ。ただ、シアは感心ですわ。マリアさんが、嫉妬なんて感情をご存知でしたのですね。でも、素直に羨ましいと言ったらいいのですわ。そうでしょう? マリアさん。一番近くで、一番長くお仕えしていたのですわ。まあ、お二人の方が若干早いのでしたわね。でも、付き合いの長さが心の距離に結びつくとは限らないですわ。少なくとも、シアはそう考えていますわ」

「アルフレド様にとっても、エレニア姫様にとってもめでたいことだ。誰が嫉妬などするものか。それに、アルフレド様の方はわからないが、あの時のあの言葉。エレニア姫様にとっては、プロポーズ意外に考えられないだろう。エレニア様はアルフレド様が忘れていると思っていたみたいだが、戦いの前にお二人で話されただろう? あの時、エレニア姫様は確認されたのだと思う」

その言葉の意味をどうとらえたのかわからないが、グレイシアは笑顔でマリアに椅子を勧め、マリアはそれに黙って従っていた。


旧バルトニカ王国王城タニム城。姫路城のような風格を持つその天守閣にほど近い本丸御殿の一室に、聖騎士団幹部の部屋があった。

その一室――グレイシアの部屋として与えられていた――に、マリアは訪れていた。


勧められるままに座るマリア。それ以外に座る椅子がなかった――もっとも、それ以外には入り込む余地もなかったのだが――とはいえ、そこに座ったのは偶然とは思えない。マリアの来訪を知っていたグレイシアが、おそらくあらかじめ用意しておいたのだろう。


真っ直ぐ向いたその視線は、とても豪華に縁どられた床の間のような場所に注がれていた。


「それが、アルフレド様の体の一部を使って作った、生肉のゴーレムフレッシュゴーレムか? 話しには聞いていたが、本当にそっくりだな。でも、その傷……。サマンサから受けた傷をそのままにしているのは何故だ? それにそれはまだ動くのだろう? いや、いい。動かさない理由だけは分かった。もし、それを動かしていたなら、お前の首を刎ねている所だ」

マリアの顔には不信感がありありとうかがえる。そして、それを見る視線は名状し難い感情が込められているようだった。


――マリアが見ているのはアルフレドの姿をそのまま模した彫像のようなもの。

座っている姿は聖騎士の鎧をつけているが、上半身は裸だった。

そこから見えるその肌の色、艶は生きている肉体とほとんど大差ない。


生きていると言われれば、確かにそう思えるだろう。


――胸に出来ている大きな傷跡を見なければ。


生肉のゴーレムフレッシュゴーレムだなんて無粋な言い方はなしですわ。これは、魔王教徒の研究を応用しただけですわ。元々は人造生命体ホムンクルスというらしいですわね。シアはその方がいいと思っていますわ。ただ、本来のものは自らの意志を植え付けることも可能みたいですわ。シアは命令を実行すればそれでよろしいので、ゴーレムと同じように意思を持たないようにしていますわ。そして、これはアルフレド様から今回の戦いの報酬として頂いたもの。この傷のことは聞いているみたいですわね。これはアルフレド様を守った証ですわ。言わば、男の勲章ですわ。だからそのままですわ。それと、マリアさん直伝の変わり身として使われたらしいですわね。アルフレド様の血を大量に入れておいたのはそういう事でしたのね。マリアさんも一役買っていたということですわね。でも、それだけしか用がないともおっしゃっていましたわ。だから、シアが頂きました。頂いた時に許可もいただきました。だから、どうしようがシアの勝手ですわ」

二人分の紅茶を用意し、目の前に配るグレイシア。

ぷいと頬を膨らませて、そっぽを向きながら自分の席――マリアから少しだけ人造生命体ホムンクルスを隠す位置――に座っていた。


だが、本気ですねたわけではないのだろう。次の瞬間にはマリアに再び向き合っていた。


「まあ、好きにするがいい。考えてみれば、アルフレド様のお姿で、衛兵のようなまねごともさせられん。ここにあるのが一番だろう。何と言っても今回の戦いにおいて、グレイシアの功績は大きい。私も挽回するべく駆け回ってはいるが、やはりグレイシアには敵わないだろう」

頬杖をつき、投げ捨てるように話すマリア。その視線は相変わらずアルフレドの人造生命体ホムンクルスに向けられていた。


「マリアさんの功績は大きいですわ。この城に入った時の王都は、占領地ではないような感覚でしたわ。治安もまったく乱れていませんでしたわ。マリアさんだからできたことでしょう」

両手で頬を支えながら、グレイシアはマリアに視線を重ねようとしていた。


それを感じたのだろう。マリアの口元が少し緩む。


「いや、グレイシアには及ばない。生き残ったという表現で良いのかわからないが、人造生命体ホムンクルスの残りをこの城の兵士としても役立てている。並みの勇者ぐらいの戦闘力だとも聞いている。この世界の一般的な常識からして、すさまじい戦力だろう。偽装、戦闘、そして統治。一つのことで、これだけの働きをする人造生命体ホムンクルスは今回の戦いにおいて、重要な鍵といえる。それを生み出したグレイシアは、さすがだと言わざるを得ない。だが、私も卑下するつもりはない。どのようなことも、及ばないことは挽回すればいいだけだ。今回は私の負けだ、グレイシア。だが、次は私が勝たせてもらおう」

真正面からグレイシアを見つめ返し、マリアは挑戦的な視線をグレイシアに向けていた。


さらりとした沈黙が、二人の間に舞い降りた。

お互いに沈黙を楽しんでいるかのように、見つめる顔は笑顔だった。


しかし、それも長くは続かなかった。

先に笑い出したのはグレイシア。そして自らの疑問も口にしていた。


「そうですわね。その意気ですわ。チャンスはきっとありますわ。シアも闘志がわいてきましたわ。正妻の座はエレニア姫様にお譲りしましょう。でも、一番はそれだけではありませんわ! ところで、マリアさんだけが先触れのような用事で返ってきたのですの? ミヤハ……いえ、もうその名前はいいですわね……。まだイリアさんの方はアルフレド様といっしょですの?」

少しだけ遠慮したように告げるグレイシアの口調を感じたのだろう。マリアは静かに首を振ると、真剣な表情でグレイシアに話し始めた。


「私は私の用事もあって、先に出立しただけだ。それと気遣いは無用だ。本当のミヤハではないことは最初から知っていたさ。ただ、アルフレド様がそうされているのだ、何かわけがあるのだろうと思っていた。そうであれば、私がとやかく言う必要はない。雨が降るのに雲が出る。その雲がどこから来ようが、雨が必要なら問題なかろう? イリアがなぜミヤハの恰好でいたのか、裏で何をしているのかは必要だからそうだっただけだ。ただ、気になったのは――」

そこで一旦言葉を区切ったマリア。その後のことを言うべきか迷っているようだった。


「あれからあの子はアルフレド様にべったりですわね。アルフレド様もそばから離さないですわ。【性質変換】をあの子に使ったことは知っていますわ。あの子の何を、どう変えたのか気になりますわ。ああ、そう言えば、その【性質変換】の力はいかがでした? アルフレド様の実験を兼ねた視察は、どうでした?」

最初、面白くなさそうに頬杖をついて頬を膨らませていたグレイシア。

だが、【性質変換】の話を自ら切り出した後は、そちらに興味がわいたようだった。

――今では目を輝かせている。


「相変わらずだな、グレイシア。しかし、【性質変換】の能力は素晴らしかったぞ。おそらくアルフレド様だからだろうが、砂漠化の進んでいた大地が瞬く間に潤った大地に変化していた。毒で汚染されていた沼が、一瞬で清浄化していた。しかも、それは人の性格にも反映されていたな。気弱だったものが、勇壮になり。意地悪だったものが、優しいものになっていた。アルフレド様は日に三回ほど使われていたが、使うたびに、何かを感じておられた。影響のある範囲も、距離もどんどん大きくなっていたな。貧困にあえいでいた村々を回ったアルフレド様に、皆は感謝していた。あれらの村でアルフレド様のなされたことは、未来永劫受け継がれていくことだろう。善政などという次元ではない。『ない』ものを『ある』に変えたのだ。アルフレド様が使うことによって、あれは奇跡の業となったに違いない」

両手を目の前で組み、はるか彼方を見つめるマリア。

その恍惚とした表情につられたのだろう、いつしかグレイシアも同じようになっていた。


――今、おそらくこの場に二人はいない。二人の意識はこの部屋から出て、どこかに旅立ってしまっている。


だが、グレイシアは先にこの部屋に戻ってきた。


「そうなると、気になるのはあの子に何をしたのかですわね。それだけの力を、真っ先にあの子に使ったのですわ。確かに気になりますわ」

グレイシアの言葉に、帰ってきたマリアは首を横に振っていた。


「私が気にしたのはそこではない。さっきも言った通り、アルフレド様がされたことであれば、それは必要なことなのだ。今の私にわからない事でも、未来にとって必要なのだ。だからそれはどうでもいい。私が気になっているのは…………」

やはりそこで言葉を濁すマリア。その事を言うべきかどうかためらわれているのだろう。

だが、この場にいるのはグレイシアただ一人。そして、グレイシアはマリアの言葉を待っていた。


その事が、マリアに言うべきだと判断させたに違いない。


「まあ、グレイシアに隠しても仕方がないな。グレイシアも見ただろう? ミヤハの顔からあの娘、イリア・キーキンに戻った顔を」

「ええ、見ましたわ。青髪の可愛らしいお嬢さんでしたわね。でも、それがどうかしまして?」

マリアの言葉に、不思議そうに答えるグレイシア。その瞳はまだ理解の色を示していない。


「私も、気づいた時には驚いたさ。どこかで見た顔だと思ったんだ。イリアのあの顔。カルバの街でミヤハが連れてきたあの娘にどことなく似ていた。あの娘の名前はタリア・キーキン。イリアはイリア・キーキンというから間違いはないだろう。二人は姉妹だ。そして、私は不思議に思っていた。珍しくあの娘の死を命令したことを。あの時、魔王教から救い出して保護してもよかったのではないかと。事実、今までのアルフレド様はそうして秘密裏に様々な命を助けてこられた。トルコールもその一人だ。でも、あの時だけは違った……。それが不思議だった……。だが、アルフレド様のされることだ。私が疑問に思う必要はない。そう考えて、それ以上気にしなかったから忘れていた。でも、イリアを見て思い出した。いや、違うな……。イリアを見る、アルフレド様の顔を見て思い出したというべきだろうな。思い出してみれば、何故気が付かなかったのか不思議でならない。髪の色や瞳の色はともかく、今では髪の長さもその雰囲気も変わって……。いや、そもそも見ているものが違うか……。何にせよ、昔を知らないグレイシアとミヤハには分からないのは当然だ。でも、私だけはその姿を知っていたはずだった……」

マリアの答えを、黙って頬を膨らませて待つグレイシア。

多少不満に思うことはあったのだろう。だが、その事を口に出すべきではないと判断したと思われる。


――マリアの重い口調が、事の重要性を物語っていた。


その雰囲気にのまれたのだろう。いつの間にか空になった紅茶のカップを口元に運んでいたことにグレイシアは気が付いた。


――でも、マリアはいつ口を開くかわからない。そんな雰囲気がマリアからは漂っている。

そして、再び沈黙が席についていた。


だが、紅茶をついでくるかどうか迷っていたグレイシアが、決心して立ち上がろうとした瞬間、マリアがその重い口を再び開いていた。


「イリアは、そっくりなのだ……。エレニア姫様に。いや、もう女王陛下と呼ぶべきだろうな。あの時、何度も襲ってくる賊に対して、アルフレド様がされたこと。それはエレニア女王陛下の姿を、見るものによって変化させるというものだった。グレイシアも知っているだろう? エレニア女王陛下はあまり装飾品を好まれない。部屋を出るときにはさすがにある程度の物をされているが、絶えず身に着けているのは全てアルフレド様の贈り物なのだ。その中でも肌身離さないのが右手の薬指の指輪。あれはアルフレド様の贈られた『姿がわりの指輪シンデレラリング』だ。その効果は絶大といえるだろう。何しろ、妖精族の長から頂いたものらしいからな。その力で、我々は無意識にエレニア女王陛下の姿を、自分で勝手に描いているのだ。グレイシアの知っているエレニア様の顔は、私の見ているエレニア様の顔ではないのだ。だから、あの指輪を贈られてしばらく、当時のエレニア姫様は一度、アルフレド様によって幽閉された。正確に言えば、お二人は傷の療養という名目で精霊界に行かれたのだ。そして、エレニア姫様が再び公の場に姿を見せられたのは一年後だ。成長という現象によって片付けられては、もう誰もその事には気が付かなかっただろう。そもそも、それほど人前には出られなかった方だ。以前の姿を知る者も、知らない者も認識を変えられていることに気が付いたものはいなかった。それからだ。エレニア姫様は襲われなくなった。指示した者が特徴を話しても、魔道具で映像を見せても、実行するものは微妙に違う認識を持っているからな、替え玉が何人もいるとささやかれたものだ。本当にすばらしい策だ。この私ですら、カルバの街の時には思い出せなかったのだから……。イリアの顔……。それはまさしく、指輪をする前のエレニア姫様だ。だから思うのだ、グレイシア。これは根拠のない話だ。言ってる私ですらばかばかしいと思う。だが、アルフレド様がイリアに向けられた顔は、昔のエレニア様にも向けられた顔だ。そして、最近エレニア様が不安に思ってこられたのは、その顔をエレニア様に向けられなかったことだ。だが、今回のこの件。戦いの前には何かあったのだろう……。これは、エレニア様にとって喜ばしいことだと思う。だが、イリアへの顔を見てしまった私は……」


再び訪れた沈黙。だが、今回は居座らなかった。


「これは、私の中の嫉妬心がそう思わせているだけなのかもしれない。でも、アルフレド様は二人の顔に、別の何かを見ている気がするのだ……」


――語られた真実の重み。そして、マリアの考えるもの。それは一体何を意味するのだろう。


恐らくマリアにもその答えは分からないに違いない。ただ、グレイシアはその重みを感じているのだろう。


マリアの口が再び閉ざされた後も。グレイシアはその場から離れることはできないようだった。

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