第47話もう一つの戦い
「さて、ではエレニア姫様。この者の処分はどのようになされますか?」
王城ナーレヨグレイル城の一室に摂政マクシマイルが囚われていた。
後ろ手で縛られ、壁に肩を預けて座っている。
拷問を受けたような様子はないが、その顔は疲れ切っていた。
国王の私室にほど近いこの部屋は、本来控えの間として利用されているのだろう。
様々な贅を尽くした調度品が置いてあることから、ある程度身分のあるものが利用しているに違いない。
決して大きくはないその部屋の中央には、ソファーが二つ、向かい合わせに置いてあった。
――だが、今はそこに誰も座っていない。
そして、それらに挟まれているが、とても趣のあるテーブルがそこにあった。
さらに、扉から最も離れた場所には豪華な椅子が置いてある。
今、その椅子に座っているのはエレニア・モカ・イタコラム姫。その前で尋ねていたのは青い目の老紳士だ。
この場にいるのは、その三人のみ。
だが、中央のテーブルには場違いな大きな黒い鳥もいた。
「トルコールに任せます。しかし、マクシマイル卿もずいぶん派手なことをなさいましたね……」
どことなく蔑んだ瞳を向けるエレニア姫。その瞳を受けてなお、マクシマイルは息巻く姿勢を貫いていた。
「何の罪状もなく、いきなりこの私にこのような目をあわせるとは! いかに第一王女といえども、その罪は免れないですぞ! さあ、後悔しないうちにこの縄を解くのです!」
人間の姿をしているトルコールには目もくれず、摂政マクシマイルはエレニア姫を睨んでいた。
「己の分をわきまえるのだな、貴様がノマヤ王子の屋敷にはなった盗賊どもは、全てこちらで押さえておいた。その者たちが口にしたのはそなたたち第二王子擁立派のもの達だったぞ」
その言葉に、一瞬息をのんだマクシマイル。だが、次の瞬間にはその目に力を込めていた。
「そのような世迷言を、おおかた我らを貶める策略だろう。証拠を見せられよ。さもなくば――」
「ほほう、証拠だと? その口がその言葉を吐くとは恐れ入った。証拠だな、そうだな。すぐにメイドに用意させよう」
本来の姿なら、きっとマクシマイルは失神していたに違いない。だが、姿が老紳士なだけに、かろうじてその意識を保っていた。
トルコールのその威圧。並みの勇者をはるかにしのぐその気配に、マクシマイルは何とか耐える事が出来ていた。
――だが、その雰囲気は一発でぶち壊されていた。
「あかん! メイドに用意させるって、アンタ。それ冥途の土産っていうつもりかいな! トルコールはんも、ダジャレいうんや! いつの間にことワザつかいになりはったん?」
片方の羽をまるで腕を打ち付けるかのように、テーブルの上を何度もたたきつける
「しかも、その恰好。老紳士って、アンタが冥途に旅立ちそうやで!」
さらに涙目になりながら、テーブルから落ちた
「
「えらい、すんまへん!」
トルコールににらまれて、即座に居ずまいを正す
おそらく汗をかけたなら、その全身はびっしょり汗でぬれていたに違いない。
真剣な表情で固まっている
「話がそれたが、貴様の好きな証拠などいくらでも用意させよう。それよりも、今はいいものを見せてやろう。これはヤンガッサから送られた最新の映像だ。通信妨害にあっている貴様らは、色々苦労しているだろうと思ってな。顔に出ているぞ。仕方がない。特別に見せてやる。ああ、エレニア姫様もご覧ください。これは今から一時間ほど前の出来事です。ほら、
「トルコールはん、アンタ何言うてまんねん。一時間前やあら……、あら……、あらほらさっさ!」
トルコールの青い目が
震える体を何とか動かし、片羽で器用に敬礼姿勢を作っていた。
――その映像はグレイシアによって送られてきた過去の物。だが、トルコールの手によって、それは今という時間に返り咲いていた。
「
尚も突き刺すような視線を浴びせ、
それを受けた
震える体のまま、ただ黙って映像を映し出していた。
そこに描かれたのは、カルタ王子の死の映像。
フリンゲイル王国騎士団長の奮戦の中、逃げるカルタ王子を背後から巨大ハンマーが押しつぶしていた。その姿を悼む間もなく、周りでは次々とイタコラム王国の兵士たちが殺されていく。
ただ一人奮戦していたフリンゲイルも、数人の槍に貫かれて息絶えていた。
――そして映像は切り替わる。
穴に落ちたクリマアミ伯爵とパトリックの最後の姿を映した映像に続いて、その後の竜騎士団の活躍で、何とか勝利を収めた映像が映し出される。
そして最後に映し出されたのは、ノマヤ王子たちの死にざまだった。
それにはエレニア姫も絶句して、椅子から思わず立ち上がっていた。マクシマイルも信じられなかったのだろう、口をだらしなく開けていた。
「これは一時間前の真実です。ヤンガッサ平原には
優しく、諭すようにトルコールは言葉を閉じる。
その余韻が渇く間もなく、マクシマイルの口から否定の言葉が漏れていた。
「あなたが、これを否定できるものをお持ちであれば、私はもう何も言いません。でも、あなたの情報網は途絶えたはず。そして、アルフレド様は未来を見ている。さあ、マクシマイル。あなたの罪を許しましょう。その上で考えるのです。今、あなたがどうするのかを……」
その言葉に対して、マクシマイルはうつむいて何も答えなかった。
暫らくそれを見つめていたトルコールは、やがてエレニア姫に跪いていた。
「エレニア姫様。ご決断を……。アルフレド様がお戻りになるかどうかは、姫様が王位を継がれることを宣言することで決まります」
力なく座るエレニア姫。泳ぐ視線は様々な考えに流されているようだった。
――その瞬間、トルコールの青い目が怪しげな光を放っていた。
「エレニア女王陛下。あなたがそうなれば、誰もあなたの決定を覆すことはできないでしょう。あなたの隣に座る方は、あなた自身で決める事が出来ます。そうです。もう誰も、エレニア姫様の邪魔はできないでしょう。あの日の約束を、お忘れではなかったでしょう?」
エレニア姫の耳元でそう囁いたトルコール。
その甘い囁きに、エレニア姫はただ顔を俯かせる。
――その時、扉をたたく音がして、トルコールがそれに応対していた。
「では、参りましょう。エレニア女王陛下。父王がエレニア姫様をお呼びです。先ほどの感じでは、おそらく最後の言葉となりましょう」
ゆっくりと扉を開け放つトルコール。
一瞬にして光が部屋に差し込んでくる。
その光に誘われるように、強い決意をみなぎらせたエレニア姫が静かに体を起こしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます