第17話魔王教十二使徒メーイル

もはやそこに、かつてあった部屋の面影は残っていなかった。


周囲の壁は崩れ落ち、天井はおろか、上層階もすでになくなっていた。

僅かにそこが建物であったことの名残はあっても、そこはもはや建物としての機能を果たすことはできない。


お互いのぶつかり合う衝撃に、建物自体が耐えられたのはごくわずかな時間だった。


ミヤハとメーイル。

体格的にはメーイルが圧倒的に勝っているだろう。しかし、ミヤハは力でも負けていなかった。その小さな体に、いったいどれだけの力があるのだろうか?


スピード、技のきれ、力。

そのすべてにおいて、ほぼ互角の戦いが繰り広げられていた。


最初、一瞬で詰め寄ったミヤハに蹴りあげられて、メーイルの体は建物の屋根を突き破っていた。そこに追い打ちをかけるように、素早く空中に飛び上がるミヤハ。

瞬く間に追いついたのち、かかと落としでメーイルを建物に落としていた。


二度の衝撃により、礼拝堂より上の階は苦しげな悲鳴を上げている。

しかし、メーイルも負けてはいなかった。


かかと落としをくらったかに見えたが、実はそれを利用していた。空中で体を前転させて、その勢いを完全に殺していた。

しかも、その回転を利用して、ミヤハに向けてカウンターのかかと落としで攻撃していた。

体格差を活かした攻撃。

ミヤハがその攻撃を素早く後退してかわしてあと、攻撃に移ろうとする中一瞬の間に、もう建物の天井部分に何事もなく着地していた。

空中のミヤハと天井のメーイル。お互いににらみ合っている姿は、龍虎のにらみ合いに似ている。


いつまでも、互いの様子を窺うようににらみ合う。いつの間にか得体のしれない静寂が、二人の間に漂い始めている。

ただ、いつ果てるともしれぬ静寂は、意外なものに壊されていた。


――メーイルのいる屋根の一部が、何の前触れもなく崩れ落ちていた。


その瞬間、上空にいるミヤハめがけて――壊れかけた部分をもぎ取って――手当たり次第に投げつけていた。


その攻撃を楽しそうによけるミヤハ。空を飛ぶことが本当に楽しいと言わんばかりの笑顔で、メーイルを挑発しながら飛び回っていた。


だが、元々ここは洞窟。内部が巨大な空洞になっているだけで、空が本当にあるわけではない。


ミヤハが躱すことによって、メーイルが投げる建物の構成物――それは柱だろうが、壁の一部だろうが手当たり次第といったらいいだろう――は次々と洞窟上部に突き刺さっていく。


それにより、徐々に崩れていく洞窟上部。しかし、二人はそんな事はお構いなしに、同じ攻防を繰り返していた。


やがてなくなる最上階。


「あれ? もうおしまいです? 準備運動でばてるなんて、とっても無駄な筋肉です。パーさんこちらです! 手のなる方です!」

「ああ、うるさい。うるさい。うるさい。ブンブンうるさい羽虫だな!」


ミヤハの挑発を受けるかのように、メーイルは床までも剥ぎ取って投げつけていた。


そうして、徐々に建物自体の高さが低くなっていく中、ついに洞窟上部の一部が崩れ、本物の空が見えるようになっていた。


ここにきて、さすがのミヤハも躱すことに飽きてきたようだった。時を同じくして、メーイルもまた投げることをやめていた。

そして、再び二人は激突を繰り返していた。


やがて二人の激突に耐えきれずに、ついに礼拝堂部分がこの建物の最上階になってしまっていた。


拳と拳。

蹴りと蹴り。

いつしか互いに申し合わせたように、フェイントすらない無骨なまでの力のぶつかり合いが続いていた。

そのたびに空気は震え、洞窟全体がその音をさらに大きくしていく。いつしか礼拝堂だけでなく、この洞窟全体が二人の戦いの場になっていた。

ミヤハと戦わなかった人たちも、この洞窟にはまだまだたくさんいたことだろう。しかし、二人のぶつかり合いのために、建物も人も壊されていく。


「メーメーさん、やるですね。パーさんは卒業です」

「メーイルだ」

ミヤハの悦に入った顔に、メーイルは無愛想に答えていた。礼拝堂に舞い戻った二人は、自然と距離をとっていた。


「どっちでもいいです。楽しかったですが、そろそろ僕も本気です! 卒業式です! ミヤハ流奥義! 超音速一点突破竜巻散弾式破砕撃参式です!」

「なげえ――」

メーイルの返事を待たずに、ミヤハはメーイルの腹部に一撃を入れていた。今までとは違う速さを前にして、メーイルは全く反応できずにいた。


小さな体を懐深く潜らせ、拳に全力をのせて放つミヤハの一撃。


より早く。より力強く。ただ、一点に。


しかも、ミヤハは拳をめり込ませるように放っていた。その一撃を受けて、メーイルは口からあふれ出る血を押し戻すこともできずに、膝を折って崩れていく。

それに巻き込まれないように、素早くミヤハは後退していた。


たまらず腹部を抑えて崩れ落ちるメーイル。しかし、ミヤハは油断なくその姿を見続けていた。


通常の攻撃であれば、メーイルの筋肉はダメージを表面で分散させて内部にまで到達させないだろう。しかし、ミヤハの一撃はそれすら許さずにメーイルの体を貫いたように思われる。


なまじ鋼の筋肉を持っていたがために、内部に到達した衝撃の一部は体の中で暴れまわり、体内の主要臓器を傷つけたのだろう。

いくら達人の域に達したとしても、人の限界を超えたとしても、内部臓器までは鍛えることはできない。


文字通り、ミヤハの突きはメーイルの体を内部から破壊していた。


「おかしいで――」

「まあ、そう思うわな」

ミヤハの目の前で倒れているメーイルはピクリとも動いていない。しかし、メーイルの声はミヤハの背後から聞こえていた。ミヤハの話を途中で遮ったその一撃は、ミヤハの後頭部をとらえた一撃だった。


「おかしいです! おかしいです!」

その瞬間、とっさに両手で頭部を守っていたのだろう。床を破壊しながら階下に落ちていくミヤハは、その疑問を叫んでいた。


「何故です? 致命傷だったです! 倒れたです。でも、おかしな手ごたえだったです」

実際それほど大きなダメージを受けていないのだろう。すぐさま飛び上がってきたミヤハはメーイルに問いただしていた。


戦闘はまだ継続している。

しかし、わからないことが多すぎて、そっちの方が気になっているようだった。


「世の中、不思議な事ってのはいっぱいあるもんだぜ。魔王教が何してるのかすら、お前は知らないだろう? それでも、お前はここに攻め込んできた。それでもお前はよかったんだよな? だから別にいいだろ? ついでに言うと、お前たちが盲目的にしたがっているアルフレドも、実際に何考えているかわからん奴の一人だぜ。未来が見えるからか? そんなもん、いくらでも変えられる。ちょっと癪だが、奴だけが先を見れると思ったら大間違いだぜ。それに真の勇者が王国の政権争いに巻き込まれたら、固有能力のほとんどを失っちまう。それでもアルフレドはその渦中に居続けている。なぜだと思う? アイツの狙いは何だ? 王位継承権を持つ者たちの間で、都合よく使われて終わりかと思えば、第二王子に対して敵対行動をとった。なぜだ? わけわかんねぇ。ここで直接聞きたかったが、結局ここには来なかった。妙な助言も必要なかったってわけだ。他の使徒からも言われたから、一応話は聞いといたがよ。そこまでする必要なかったみたいだ。まあ、ここに来ると言った奴には、後で散々ののしってやるさ!」

メーイルはお手上げというしぐさで、ミヤハの前に立っていた。さっきまで死闘を繰り返していたとは思えないほどの無防備さで、しげしげとミヤハを見下ろしていた。


そしてミヤハの後ろでは、メーイルの死体だったものが煙をあげて溶け出していた。

どろどろと溶け出し、なくなるメーイルだった者。後には何故か、二百番の来ていた服が一つ残されていた。


「そんなことは、僕には関係ないです。アルフレド様の言葉が全てです」

「そうさ、信じるってのはそういうもんだ。だが、それは俺達とかわんねーってことだよ」

「そんなこと、どっちだっていいです!」

ミヤハの一撃は、さっきと同じように繰り出されていた。


必殺の一撃。腹部に突き刺さる鋭い一撃。その力は、体の内部から破壊する衝撃波の一撃。そのまま倒れこむメーイルは、動かなくなり絶命する。


――そうミヤハが思い浮かべた瞬間。


「剛爆撃」

無感情な声と共に、無防備な頭にメーイルの拳が振り下ろされていた。


小さなうめきと共に床にめり込むミヤハ。それでもメーイルの拳は、まだミヤハの頭に突き刺さっているかのようだった。

床を破壊し、階下に転落していくミヤハ。おそらく、三、四階は下に落ちているだろう。しかもその穴はさっきのものとつながって、ぽっかりと大きな口となっていた。


光が階下を照らしだす。その光の中にミヤハはうつぶせで倒れていた。


暫らく覗き込んでいたメーイルの顔が不気味に歪む。

しかし、自らを律したのか頬をはたきながら、再びその姿を見つめていた。


いつまでも、見ているかのように思えた次の瞬間。

歪みかけた愉悦の表情を無理やり押し込めたメーイルが、勢いよくそこに飛び込んでいった。

己の巨体を槍に変えるがごとく、踵でミヤハの頭を狙っている。


恐らくさっきの攻撃で、ミヤハは意識を失ったに違いない。

ミヤハが頭に受けたメーイルの一撃。

常人なら頭をつぶされてもおかしくない攻撃だったが、致命傷にはなっていないと判断したのだろう。

とどめを刺すための攻撃は、間違いなくミヤハの頭部に突き刺さるべく狙われていた。


もはやメーイルの勝利は確実。

単身で乗り込み、もはや身じろぎひとつしていないミヤハが、その攻撃を防げるはずはない。


「所詮は、匹夫の勇。いや、違うか。この場合は『蛮勇は身を滅ぼす』と、もう一度言うべきだな」

勝利を確信したメーイルの笑い声。その声が階下へと続く縦穴の中でこだまする中、メーイルはもはや愉悦の表情を隠してはいなかった。

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