第18話憂いの決断

礼拝場の階は建物の二階部分で、ミヤハが倒れている部分は建物の地下三階部分のようだった。

鍛錬場のようになっているのだろう。ミヤハの倒れているところは、むき出しの地面となっている。

高らかな笑い声と共に、己の体を凶器に変えたメーイルの攻撃は、当たれば間違いなくミヤハの頭を砕いたに違いない。


――そう、メーイルの攻撃はミヤハには届かなかった。


恐らく、メーイルも何が起きたのかわからなかっただろう。おそらく最後に見たのは闇を明るく照らした火球。

その熱と爆発により吹き飛ばされたメーイルの体は、そのままミヤハが倒れている階には届かずに途中の階に飛ばされていた。


しかし、実際にメーイルの命を奪ったのはそれではなかった。


暗闇に溶け込むように刀身を黒く染めた三つの刃。刹那の一閃。

火球がさく裂する寸前、メーイルの体を左右から切り裂き、首を刎ねたその刃をメーイルは避けることもできなかった。

追い打ちをかけるかのように、動かぬメーイルに向けて火球がさく裂する。


爆発の前に切り離されたメーイルの頭だけが、ミヤハの隣に落ちて潰れていた。


頭と切り離され、途中の階に投げ出された体は煙をあげて溶け出している。ただ、それは火球によるものではない。どろどろと溶け出すさまは、以前見たものと酷似していた。


案の定、あとには焼けた二百番の服が残っていた。


――その瞬間、一階部分の穴の淵で影が動く。


その影の正体はやはりメーイルだった。何事が起きたのかを見極めるように、じっと目を凝らしていた。


「おいおい、いったい何が――」

「余分な事を言う余裕はないだろう。お前は俺の聞きたいことだけ答えればいい」

メーイルつぶやきを遮るように、冷たい声がその背中を貫いていた。


口からあふれ出る血をそのまま流しながら、メーイルは自らの心臓の横につきたてられた剣先を見つめている。


「くっ、発動しねぇ。なぜだ!?」

「いいから答えろ。お前の中にどれだけの魂が蓄えてあろうと、今この瞬間にも吸い尽くしているこの魔剣の前では、お得意の変わり身は使えん。死ぬ前に答えろ。どこにいる・・・・・・

必死に何かをしようとするメーイルをあざ笑うかのように、ますます剣先がその姿を現していく。

それに呼応するように、メーイルの顔からは生気が失われているようだった。


「そうか、アルフレド。部下を囮に使ったのか。ひどい奴だぜ。しかもこれは魔剣ムクロ。俺達から奪った魔剣を使うなんざ、聖騎士とは思えねぇ。しかも、最初からここにいたんだな。ちっ! 最後にこの場所に俺が現れることを予知してたってことか……」

「御託はいい。いいから答えろ。この剣の形は知っているだろ。いかなお前といえ、もう半分動かせば完全に心臓に達するぞ。もう今はもうお前の魂しかないはずだ。死ぬ未来に変わりはない。だが、その前に答えろ。あの女は今どこにいる・・・・・・・・・・

ゆっくりとメーイルの背後から剣を突き立てたアルフレド。その言葉を実行するかのように、ゆっくりと剣を前に突き出していた。


あふれ出る血を抑えきれないメーイル。だが、その顔は不敵な笑みを浮かべていた。


「いいだろう。今日は俺の負けにしておいてやる。だがな、お前の出現は羊が予知してたんだぜ。あの死んだ眼が確実にお前の能力に追いついてきてるってことだ。暇になった神々も、たまには役に立つもんだ。ただ、アイツの得意顔見るくらいなら、このまま死んでもいいんだけどよ。俺も魔王様には会ってみたいんでな。あばよ!」

あふれ出る血もそのままに、メーイルは何かを唱えていた。血を噴き出しながらも唱えるそれに、メーイルはこの状況を覆す自信を持っていたのだろう。


――だが、何も起こらなかった。


「なぜだー!」

あふれ出る血をさらに噴き出し、メーイルの魂の叫びがこだました。


「何故だ! 何故、帰還しない!」

「魔王教の一部の人間が使う帰還呪は、六芒星結界で押さえてある。ここを見つけるために軍を散開させてたんじゃない。結界を作るためだ。それともう一つ言っておくが――」


「くそ! なら!」

さっきまでの余裕の表情は消え失せている。焦りながら取り出した小さな像を掲げて、必死に祈りをささげていた。

――しかし、今度も何も起こらなかった。

静寂の中、メーイルの手から滑り落ちた小さな像が床と奏でる乾いた音。その音がやけに大きく響いていた。


「当然、運び出した魔王像との位置交換も起きない。先遣隊が予定地点に向かっていたからな。今頃、魔王像は破壊されているだろう。しかし、魔王教という割に、やはり色んなものが肩入れしているな。言え。これが最後だ。それだけ言えば、この場は見逃してやる。お前の未来を変えてやろう。よく考えろ。お前の答えで全てが変わる。魔王を見たいのだろう? 一時の屈辱も大義があれば耐える事が出来るぞ。どうだ? 悪い話ではないだろう」

甘く囁く声が、メーイルの背中をなでていた。


――おそらく今までの間、メーイルはあらゆる努力を怠ってはいなかったのだろう。しかし、すべてが無駄に終わっていたようだった。


突きたてられた剣先を押し戻すように体を移動しようとすると、アルフレドも同時に動いていた。薬を取り出そうとしても、どこからか手裏剣が飛んでそれを弾き飛ばしていた。筋肉を硬化させて動かないようにしてみても、それをあざ笑うかのように微妙に剣先を動かしていた。

あらゆる手段が、全て先手を取られている。


「くそ! くそ! くそー!」

それは生にしがみつく命の咆哮。

それを聞いたアルフレドは、うっすらと笑みをこぼしていた。


「よし、言え。あの女は・・・・――」

「そうか、そういう事か。わかったよ。忌々しいが、そういう事だったんだな。ちきしょう! まあいい。アルフレド、『大義があれば、一時の屈辱も』だったな。いい言葉だ。そうさせてもらおう。一応礼として答えてやる。確かに、魔王六芒星結界はあらゆる転移系魔法を阻害する完全な結界だ。魔王様が作り出したんだ。それは認めよう。だがな、はられていたのが、五芒星結界だったらどうなる? この体は結構気に入ってたが、仕方がない。両方の意味で『大事の前の小事』――」

メーイルの言葉を待たずして、アルフレドは剣を突き出していた。

力つき、前に倒れるメーイルは、自分の体の重みで落下し、やっと剣から解放されていた。


――ぐしゃりとつぶれたような鈍い音が、メーイルの最後の言葉となった。

階下を見下ろすアルフレドの視線の先にあるもの。

それはもはや、人という形ですらなかった。


「トリスマク!」

いつになく苛立ちを見せたアルフレド。

だが、トリスマクが後ろで控えた時には、本来の冷静さを取り戻していた。


「トリスマク。聞いていたな? どういう事だ?」

いつもなら、背中で話すアルフレドも、今はトリスマクの方を向いている。

尋常でないことが起こったことがわかっているのだろう。フードから出したその顔からはとめどなく汗が流れ続けている。

その汗こそが、トリスマクの心情を物語っている。


それでもトリスマクは、必死に考えを巡らせているようだった。

しかし、もはや仕方がないと思ったのだろう。死を覚悟したかのような表情で、アルフレドに答えていた。


「六芒星結界は魂の転生を阻止するために生み出された対転移阻害結界と聞いています。通常の転移阻止結界であれば、五芒星結界で十分です。考えられるのは――」

「六芒星結界ではないという事だな」

「グレイシア様は――」

「わかっている。早すぎたのだろう。マリアの予測よりも早いのは分かっている。この位置も、修正したのだからな」

「では――」

「言うな。誰にでもミスはある。それよりも、この場所の崩壊も始まる。お前はグレイシアに伝えろ、『予定通りアマルディカに向かい準備せよ。バレルの工作はぬかるなよ』と。そしてマリアには、王都に帰還し報告するように伝えろ」

アルフレドの言葉に、トリスマクは安堵の息を吐いていた。アルフレドが背中を向けると、自分のやるべきことを遂行すべく、呪文を唱えていた。


「では、失礼します。アルフレド様」

トリスマクの呪文の完成と同時に、漆黒の闇がその前に現れていた。それを満足そうに見つめたあと、トリマスクはもう一度アルフレドに頭を下げ、その闇に消えていった。


周囲に静寂が戻る中、アルフレドはただ目を瞑って、何かを考えているようだった。


「ハン、メイ、シスカ。いるな?」

「おそばに、アルフレド様。いえ、キョウ様」

「控えております。キョウ様」

「はい。キョウ様」

アルフレドの周囲には、いつの間にか三人の忍び装束の者達が姿を現していた。全員頭巾をかぶっているのでその顔は見えない。しかし、一人は男、二人が女であることは間違いなかった。


「作戦終了だ。その名はもういい。お前たちは先遣隊長ブブカとミヤハ隊を率いている者に連絡しろ、『マリアと合流し、王都に帰還せよ』とな。そして、今ミヤハ隊を動かしているのが誰かを覚えておけ。後で褒美を与えよう。よし、いけ!」

そう命じられた忍び装束の三人は、周囲の埃を舞い上げて――まるで木枯らしがふいたかのように――、瞬く間に消えていた。


一人残ったアルフレド。


もう一度思案し直すかのように、腕を組み直していた。なまじ端正に整った顔だけに、目を瞑り、眉間にしわが寄っている様は苦渋の決断をしているように思える。

しかし、それが何かはわからない。

ただ、何事かを真剣に考えているのは確かだろう。

やがてその決断を憂うかのように、小さく息を吐きだしていた。


だが、次に目を開けたアルフレドの瞳には、もう寸分の迷いの色も見えなかった。


優雅に目の前の大穴に飛び込むアルフレドは、もういつものアルフレドだった。

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