第4話燃えるカルバの街(ミヤハの章)
「助けて……。助けて……。お姉ちゃん……。まおさま……」
周囲の喧騒が渦巻く中、その少女は小さな祠のようなところでうずくまっていた。
まだ、この場所には炎はやってきていない。でも、我先にと逃げ惑う人々はあてもなく逃げ回っていた。
逃げ惑い、右往左往する人々。
そんな中、誰かが少女の事を気にかけることは無かった。
それでも少女は、祠の中で必死に助けを呟いていた。
「まおさま。まおさま。タリアはお話をぜんぶききました。おねえちゃんを助けるために、たくさんのことを学びました。でも、こわいです。まおさま……」
まだあどけなさの残る少女は、必死に目を開けて何かに祈っている。
まさに一心不乱という言葉がふさわしい。
強く握りしめている両手が、小刻みに震えているにもかかわらず、ただその事だけを信じ続けている。その瞳は、少女の想いの強さを物語っていた。
しかし、少女の目に映るのは、逃げ惑う人々が、自らの生命を守るすべを知らずに、ただ狼狽している姿だけだった。
「まおさま、まおさま……」
いつしか目を閉じ、何も見ないようにしている少女の耳に、優しい声が聞こえてきた。
「聞こえてます? 聞こえてますよね?」
青い髪の少年が、人懐っこい笑顔で祠の中を覗き込んでいた。その優しい声の響きに、祈りを中断した少女は、ゆっくりと目を開けていた。
「ああ、やっと見てくれたです。いるべきところにいないからあせったです。大丈夫ですか? おじょうちゃん。怖がらなくてもいいです。僕がここから連れていってあげるです」
少女の瞳に希望の灯が灯っていた。しかし次の瞬間、それをたしなめるかのように、少女の顔には警戒の色が浮かんでいた。
「おにいちゃん、まおさま?」
「うん? マオサマ? ちがうです。僕はミヤハです。ミヤハ・コタトです。おじょうちゃん、お名前は?」
覗き込んでいる割に、小首を傾げるしぐさを見せた少年は、次の瞬間にはくるりと回転して降り立つと、祠の前で屈んでいた。
落胆した少女の顔に、ミヤハは屈託のない笑顔を向けていた。その笑顔にほだされたのかもしれない。少女の瞳は宙をさまよう。
「タリア。タリア・キーキン……」
やがて意を決したかのように、少女は自分の名前を名乗っていた。
「うん。タリアちゃんです。間違いないです。よかったです。タリアちゃん。君はアルフレド様の役に立つです。僕はうれしいです。タリアちゃんもうれしいはずです。でも、まずここから出ないとダメです」
にこやかに差し出された少年の手を、少女はじっと見つめていた。
「まおさま……」
おずおずと、胸の前で固く合わせていた両手をほどき、左手をほんの少し前に出した瞬間、少女は少年に引き出されていた。
「さあ、急ぐですよ! 絶対、マリアがうるさいです」
ほんの一瞬の出来事に、タリアの頭は状況理解することもできなかっただろう。ミヤハがタリアを引き出した瞬間、タリアに当て身をくらわせて、その意識を奪い去っていた。
「うん。魔王斑もちゃんとあるです。間違いないです。さあ、アルフレド様に捧げるです!」
タリアの着ている衣服の一部をずらし、魔王斑を確認するミヤハ。
それを確認したことに大きな満足感を持ったのだろう。自らの魔法の鞄らしきものから布を取り出すと、少女をしっかりとくるんでいた。
そしてそのまま一気に飛び上がったミヤハは、軽々と三階建ての屋根に着地していた。
「遅くなっちゃいましたが、今から行くです!」
ミヤハはその屋根から飛び上がり、文字通り空を駆けていく。燃える街を背にしながら南門へと向かうミヤハの顔は、まばゆいばかりの笑顔だった。
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