第3話燃えるカルバの街(グレイシアの章)

街は炎に包まれていた。


熱気が空気を躍らせ、巻き上がる風となって天へとかけ昇っていく。喰らいつくし、飲み込み、風を巻き起こしながら、炎は竜となって高く昇っていくようだった。


しかも城壁を燃やしていた炎は――まるで意志を持つかのように――次なる獲物を求めていく。

餌食となったものは全て燃え、やがて崩れて消えていった。


崩れゆくさなか、新たな火の粉をまき散らし、新しい供物を求めるかのように貪欲にその手を大きく広げていく。

熱を帯びた空気は、その手伝いをするかのように、生者を死の世界に追いたてていた。

そんな街の空の上に、賢者のローブに身を包んだ少女がいた。


「えっと……。次はあそこにしますわ。さあ、お逃げなさい。まもなく、まもなくですわ」

その金色の長い髪は、街から吹き上げる熱風に踊っていた。

髪もそうだが、これだけの熱気で、人の体がもつはずがない。普通なら熱気で少女も無事ではないだろう。


しかし、少女は何事もない様子で街の中を眺めていた。

しかも単純に視界が広いとか、視力がいいというものではなく、絶えず何かを介して見ている。

そんな感じの見方だった。


「あら、あれは魔王教の像ですわ。あれも燃やして差し上げますわ」

そう言いながら、少女の腕が真横に振るわれていた。

その一振りで、まるで操られているかのように、炎の壁が像を運ぶ男たちを取り囲んでいた。


生命の有無にかかわりなく、炎は等しく彼らを飲み込んでいく。悲しみと絶望、苦痛と恐怖の声が、ますます少女の感覚を刺激していくようだった。


「さて……と。これでもう、めぼしいものは焼き払いましたわ。あの男も、無事に街から出られたようですし、マリアさんも離脱しましたわね。それでは用のない出口にげみちはふさいじゃいますわ」


少女の呟きが終わるや否や、街の西門付近の道が大きな音を立てて陥没していた。


すでに王都側の門は瓦礫で通れなくなっている。街の北門と西門は炎の壁と共に、石像が睨みをきかせている。

その西門を少し森側にはいっていく道が陥没し、地下水路があらわになっていた。


「さて、仕上げといきますわ。あとは、アルフレド様がお待ちの南門に誘導するだけですわね。ミヤハ君もアルフレド様の所に向かっているでしょうし……」

そこまで呟きながら、少女は何かを思い至り、そしてため息をついていた。


「やっぱり……、監視しておけばよかったですわね……。まさかとは思いますが、お待たせなどしてなければいいのですが……。でも……、あり得るかもしれませんわね……。でも、シアはちゃんとフォローもできる女ですわ! アルフレド様に、退屈な思いはさせられませんわ! 打ち上げ花火のようにはいきませんが、それに近いフィナーレを演出して、『よくやった、グレイシア。最後のはとてもよかったぞ。やはりお前が一番だな』と褒めてもらいますわ!」


少女の愉悦の笑み。それは自分の仕事に、絶対の自信を持つ者の笑みだろう。


「さあ、炎たち! 舞い踊りなさい! シアがアルフレド様に捧げる、華麗なる炎の舞を!」

まるで炎を指揮するかのように、グレイシアの思い描くように炎はどんどん進んでいく。


次々と、建物を燃やす炎の波。

生き残っていた人々も、その波に追われるように南門へと向かっていた。


逃げ遅れたものも、街の建物も等しくグレイシアの操る炎に飲み込まれていく。そして波にのまれたものは、また新たな炎の波を作っていった。


その連鎖はとどまることを知らず、ついに街の中央まできた炎は、さらに天を焦がす勢いを得ていた。


紅蓮の炎は螺旋の炎となって天を目指して踊り狂っていた。


高く。高く。激しく、高く。


その場所で、ひときわ高くそびえていた鐘塔が、ついにその姿に炎の柱に変えていた。

おそらく、かつてはこの街のシンボルともいえる塔だったのだろう。いつからあるのかわからないが、大きな鐘がこの街に時を知らせていたに違いない。


ただ、逃げ惑う人には、その事に気づく余裕はないだろう。

しかし、炎の柱と化した鐘塔は、自らの役目を果たすかのように、大きく鐘を打ち鳴らしている。


――鐘が告げるのは、この街の最後のとき


まさに螺旋の炎が、その牙を天にも届かせたかのように思えた瞬間、何かが崩れるような、大きな音が響いていた。


「あは! いい声ですわ!」


嘆きの叫びのような鐘の音は、グレイシアにとっては満足のいくものだったのだろう。


焼けて崩れ落ちる時に、最後の仕事をした鐘の音。


それは、この街に時を刻むことが無くなったことを、この世界に知らしめるための音に違いない。


――だが、グレイシアにとってはアルフレドに捧げるものでしかなかった。


「ふふ、いかがでしょう。アルフレド様。シアは誰よりも役に立って見せますわ」

恍惚の笑みを浮かべたグレイシアの瞳には、炎に包まれた街が鮮明に映っていた。


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